今日のみ言葉【No.1242】(2016年 3月11日)
わたしはこれを地のおもてから断ち滅ぼす。しかし、わたしはヤコブの家をことごとくは滅ぼさない
(アモス9:8)
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私のノートパソコンはWindows7が出てすぐ買ったものですから、もう7年近く使っています。
昨年、その遅さに耐え切れず、また、Windows10への無償アップグレードを良い機会として、中身のハードディスクをSSDに交換してみました。
グルグルとディスクを回転させるハードディスクより、フラッシュメモリを使っているSSDの方が理論的に速いはずです。
結果、劇的に変化しました。
一番お年寄りのパソコンが、一番速い優等生パソコンになってしまいました。
人の心も交換してこうは行かないものか…、と思った出来事でした。
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アモス書では裁きのほうがたくさん語られ、最終章の第9章では、罪を犯す者を逃してはおかない徹底的な裁きの描写がされています。
しかし、今日の聖句では
「わたしはこれを地のおもてから断ち滅ぼす」
と宣言しておきながら、続いて、
「わたしはヤコブの家をことごとくは滅ぼさない」
と矛盾したことを言っています。
これはどうしたことでしょうか?
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神は人をふるいにかけられるのです。
「人がふるいで物をふるうように、わたしはイスラエルの家を万国民のうちでふるう。」
(アモス9:9)
人はそこで振り分けられます。
そして、はっきりとこう語られています。
「わが民の罪びと、すなわち『災はわれわれに近づかない、われわれに臨まない』と言う者どもはみな、つるぎで殺される。」
(アモス9:10)
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この世では意志の強い者が有利です。
ですから、
「災はわれわれに近づかない、われわれに臨まない」
と、一見前向き肯定的に見える強引なやり方で押し通していくと、そこまで意志の強くない人たちは引いていき、ゴリ押しする人たちの方が勝つことが多く見られます。
また、意志の強さというのは必要です。その事自体、何の悪いこともありません。
しかし、神を前にしてはそうではありません。
神が求めておられるのは、かたくなな程の強い心ではなく、悔いくずおれた魂です。
「主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。」
(詩篇34:18)
「神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。」
(詩篇51:17)
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経済的繁栄のまっただ中で
「災はわれわれに近づかない、われわれに臨まない」
とこの世の最強の切り札を出し続け、成功に成功を重ねた人たちは、アモスの言葉に耳を傾けませんでした。
結果として、彼らは徹底的滅びに邁進してしまいました。
しかし
「わたしはヤコブの家をことごとくは滅ぼさない」
と回復の預言をされる神がおられます。
ふるいにかけられ、残るかどうかは、ガンガンに強い心に鍛え上げた人たちではなく、
「砕けた悔いた心」
を持ち、神の御前で自分の罪に泣き、苛まされた経験の持ち主です。
イエス・キリストの十字架の救いは、その人たちにもたらされるのです。
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神様に心を砕いていただく…、そのような一日として参りましょう。
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