今日のみ言葉【No.1226】(2016年 2月15日)

あなたがたは自分のために正義をまき、いつくしみの実を刈り取り、あなたがたの新田を耕せ。
(ホセア10:12)

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日本は世界的に見ても雨が多い国なので、雨を表す言葉がたくさんあります。

時雨(しぐれ)、五月雨(さみだれ)、驟雨(しゅうう)、小糠雨(こぬかあめ)。

いつ降るかわからない日本に比べて、聖書の土地イスラエルは地中海性気候なので、乾季と雨季がはっきり分かれています。

カラカラに乾いた日々が続いても、必ず決まった季節に雨の日はやってくるのです。

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ホセア書第10章は、神の裁きの後の回復の預言です。

神様はイスラエルの罪に対して刑罰を与え、裁きを下されますが、それだけで終わろうとはなさいません。

必ずその先の、悔い改めて神に立ち返ればこのようになる、という恵みの将来をも示してくださいます。

「いつくしみの実」を刈り取る未来はあるのです。

ただし、

「自分のために正義をまき」

「あなたがたの新田を耕せ」

ということを人は成さねばなりません。

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「自分のために正義をまき」とは、御言葉の種をまくことです。

わざわざここには「自分のために」と書いてあります。

誰のためでもなく、自分の成長のために聖書の言葉を読み、神様との正しい関係の中に生きることが

「自分のために正義をまき」

ということです。

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「あなたがたの新田を耕せ」というと、真っ黒な肥沃な畑というイメージを抱く方がおられるかもしれませんが、新しい耕地とは、まだ誰も人の手が入っていない土地のことです。

当然、土地の全面に雑草がはびこっています。

土が柔らかいはずがありません。鍬が入らない堅い土地です。

神はこの長く放ったらかしにされ、荒れ放題になっていた

「あなたがたの新田」

つまり、私たち自身のかたくなな心を「耕せ」とお命じになられます。

そしてそこに御言葉の種を蒔けというのです。

今までの自分の努力では、それは全く効果のない、空しい結果に終わることでした。

しかし、神の言葉に従って行った時に、

「主は来て救いを雨のように、あなたがたに降りそそがれる。」
(ホセア10:12)

と、恵みの雨を降り注いでくださるのです。

これは何の保証もないのに堅い新田を耕した人にしかわからない恵みの雨です。

恵みの雨は、神を信じて一歩踏み出した後に降り注がれる雨なのです。

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山形で伝道する私たちには、雨ならぬ米が降ってきました。

私の妻は「食べることは神様が保証してくださる」という堅い信仰を持っています。

その信仰は素晴らしいのですが、「お米は神様から与えられるもの」と信じているので、ギリギリになっても買いに行きません。

「あなた、このご飯が最後のお米です。」

という言葉を食事中に私は何度聞いてドキッとしたことか…。

「どうするの?」

と私が聞くと、

「祈りましょう」

と平然とした口調で言う妻。

しかし本当に不思議なことに、その日の午後に宅配便でお米が届けられたり、誰かがお米を持ってきてくれたり、翌日に「取りに来て下さい」と電話がかかってきたりで、お米に不足したことはありませんでした。

私たちの家庭の食糧事情など誰も知らないはずなのに、そのタイミングの良さには神の配慮と信じるほかありません。

神様はこのようにして、背後に常におられる、と保証してくださっているのです。

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私たちの新田を耕しましょう。

そして、恵みの雨を注がれる神に期待する一日として参りましょう。

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