今日のみ言葉【No.1184】(2015年11月27日)

あなたはその川の中に伏す大いなる龍で、『ナイル川はわたしのもの、わたしがこれを造った』と言う。
(エゼキエル29:3)

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「エジプトはナイルの賜(たまもの)」

これはギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉です。

ピラミッドやスフィンクスに象徴される古代文明が栄えたのは、ひとえにナイル川が定期的に氾濫し、それによって運ばれる肥沃な土のおかげだ、ということです。

なるほど、とこれは納得できますが、もし古代エジプト人が

「ナイル川は私が造ったのだ」

と言ったとすれば、それには「?」という疑問符がつくことでしょう。

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しかしそのエジプトは

「ナイル川はわたしのもの、わたしがこれを造った」
(エゼキエル29:3)

と語っていたのです。

神が「ナイル川はわたしのもの、わたしがこれを造った」と言うのなら分かります。

古代の人間ができることは、せいぜい堤防を作ることや、河川の環境整備くらいでしょう。

いかに当時の人間が高ぶり、とんだ思い違いをしていたかが分かります。

この傲慢がエジプトに神の裁きを下す原因となりました。

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ひるがえって、これを現代に当てはめるとどうなるでしょうか?

「地球は神からの賜(たまもの)」

として、人間はこの環境の管理監督を任されているというのが聖書の立場です。

「神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ』」
(創世記1:28)

これを古代エジプト人のように

「地球はわたしのもの、わたしがこれを造った」

という態度で進んでいけば、そこにストップをかける神の裁きの御手が現れることでしょう。

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今与えられているものは神からの賜であることを思い、今日の一日を謙遜に歩んで参りましょう。

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