今日のみ言葉【No.1102】(2015年 8月 7日)
「彼らは主について偽り語って言った、『主は何事もなされない、災はわれわれに来ない、またつるぎや、ききんを見ることはない。
(エレミヤ5:12)
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広島・長崎に原爆が投下されて70年の今年。
あの当時、誰が現在の広島・長崎の姿を想像できたでしょう。
福島の原発事故から4年。
事故直後、様々な情報が流れましたが、あるものは正確で、あるものはデマだったことが今になって分かります。
しかし現在も何が正しいのかはっきりわからない分野があり、皆まじめに自分の意見こそ正しいと主張しています。
誰が正しく、誰が嘘を吹聴していたのか。真実が明らかにされるのは、おそらく70年後でしょう。
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今日取り上げた聖書個所は、偽預言者の言葉です。
そのメッセージをやさしく言い換えると、このようになるでしょう。
「神様は私たちに悪いことはなさいません。選ばれた民である私たちに裁きを下すことなどあろうはずがありません。ですから、今後、エレミヤという者が言いふらしているような災いは起きません。戦争も飢饉もない平和な世界が続きます。」
民衆は、悔い改めを迫る裁きの預言より、このような耳ざわりの良い、ホッと安心させるメッセージの方を好みます。
ですから、彼らはエレミヤを疎んじ、偽預言者たちの方を信じました。
これは他人事ではありません。私たちも相当目を覚ましていなければ、同じ方向に進み、同じ過ちに陥ります。
では彼らはイスラエルをだまし、滅びに至らせようとして、自ら悪魔の手先となり、わざと間違ったメッセージを語ったのでしょうか?
いいえ、彼らは本気でそう言っていたのです。
彼らは心底から「自分たちは正しい」と思っていました。
しかし、当時の社会情勢を正しく客観的に捉えることに失敗していたのです。
結果的に彼らのメッセージは間違ったものとなり、後代の歴史家から「偽預言者」の烙印を押される羽目になりました。
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私たちはいつ「偽預言者」になってもおかしくない可能性をもった存在です。
毎日、どこかで、「あ、間違えた!」と叫んでいても何も不思議ではないのです。
大事なことは、どこかで知らずに逸れる自分だから、正しい道を見出し、すぐに軌道修正できる能力を養っておくことです。
間違わずにまっすぐに進むことを目指すより、間違うことを前提として、元に戻る方法を先に習得しておくのです。
毎日御言葉を読み、祈り、神の前に自分を正す時間を持つ人がこれです。
神は悔い改める者をいつも迎えてくださいます。
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今日も神の前に立ち返るひとときを持って参りましょう。
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