今日のみ言葉【No.1076】(2015年 7月 2日)

わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。
(イザヤ45:22)

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「母さんに 言えないことは 悪いこと」

どこかの道端に立っていた防犯標語です。

素直に表現していますね!

親に対して真正面から向かい合えず、語ることもできないことは、そもそも道から外れたことなのだ、とすぐ分かる名作です。

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今日の聖句の

「仰ぎのぞめ」

もまさにこのことで、神を仰ぎ、顔と顔とをあわせて見てみなさい、ということです。

神と目を合わせられるかどうかで、人の魂の状態がわかります。

アダムとエバがエデンの園で罪を犯した後、最初にしたことは、

「すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。」
(創世記3:7)

とあるように、隠すことでした。

そして、

「園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた」
(創世記3:8)

その時、

「人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。」
(創世記3:8)

と、やはり隠れたのです。

神を仰ぎのぞむどころか、密かに身を隠す。

目を合わせられない。

ここに救いはありません。

やがて彼らはエデンの園から追い出され、人類の現在の悲惨な状態はこのことが原因であったと聖書は明確に述べています。

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しかし、

「地の果なるもろもろの人よ」
(イザヤ45:22)

と神が全人類に呼びかける時が来たのです。

アダムとエバ以来、神と人間を引き離していた罪の問題は、イエス・キリストの十字架によって解決されたから、

「わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる」
(イザヤ45:22)

という新しい時代がやって来たということなのです。

あの防犯標語のように、

「神様に言えないことは悪いことです。でも、もう、罪の告白をします。」

と神に立ち返り、神に向かって顔を合わせていこうとする時、あなたの罪は全て赦され、新しい救われた人生が始まっていくのです。

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神様を仰ぐ一日として参りましょう。

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