今日のみ言葉【No.3854】(2026年 2月27日)「イエス様からの警告」

「彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう」
(ルカ20:47)

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この一文だけを切り取って読み、

「自分に対して神さまは厳しい裁きを用意しているのではないか?」

とドキッとし、気持ちが晴れない人がいらっしゃいます。

もしあなたがそのように感じるとしたら、それはあなたが聖書の言葉を真剣に、自分自身の事として受け止めようとしているからで、素晴らしいことです。

しかし、一節だけを取り出して読むのは、文脈を離れた読み方です。

聖書は流れの中で読むとき、正しく理解することができます。

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ルカ20章は「小羊の吟味」の箇所であり、イエス様はご自分が完全な神の小羊であることを証明されました。

その章の最後、45〜47節は、イエス様からの警告です。

対象は律法学者です。

これまでイエス様を試していた彼らでしたが、イエス様から質問される方へと立場が逆転し、ついにその偽りが明らかにされる場面です。

したがって、ここを

「一般の信徒や弱い立場の人々に向けられた裁き」

と理解するのは、文脈から外れていると判断できます。

イエス様が問題にされたのは、

「やもめたちの家を食い倒し」
(ルカ20:47)

とあるように、宗教的権威によって弱者から搾取していた律法学者たちの姿なのです。

もしあなたが

「自分はまだまだ至らない者だ」

と悩みつつ、それでも神に寄り添っていきたいと願っているなら、ここでイエス様が言われている「神の裁き」の対象とはなりません。

あえてチェックするなら、次の3点を意識してみて下さい。

(1)神の前でどう見えるかより、人の前でどう見えるかを重要視していないか。

(2)貪欲の霊に支配されていないか。

(3)見せかけの敬虔さを装っていないか。

これは自分を責めるためではなく、さらに霊的に磨きをかけ、整えられるための問いなのです。

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ある牧師がスランプに陥り、生きた説教ができないと感じていました。

ある日曜日、講壇に立つとメモ用紙が置いてありました。

そこには

「われら、主にまみえんことを願う」

と一行。

しどろもどろでその日の説教を終え、

「信徒の皆さんは、この世で1週間働いたり悩んだり、そして日曜日の朝、貴重な時間を割いて、教会に献金を携えてやって来られる。その方々に対して自分は何を語っていたのか」

と、その1週間は死ぬほど苦しんで悔い改め、主との交わりを回復し、説教に臨みました。

さらに次の1週間も御言葉と格闘し、確信を持って講壇に立ちました。

すると、またしても1枚のメモ用紙が…。

恐る恐る目を通すと、次のように書いてありました。

「弟子たち、主を見て喜べり!」

神は悔い改めの実を結ばせようとして、私たち一人一人を導いておられるのです。

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主への信頼の一歩を踏み出す今日としてまいりましょう。

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