今日のみ言葉【No.3836】(2026年 2月 4日)「アマレクとの戦い(3)」

ヨシュアは、つるぎにかけてアマレクとその民を打ち敗った。
(出エジプト記17:13)

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今日の聖句は、「つるぎにかけて」という表現から、暴力を用いてでも神の御心が達成されるのであれば、それでよいかのような印象を与える箇所です。

しかし、旧約聖書は、新約聖書の光を当てて読まなければなりません。

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「われわれのために人を選び、出てアマレクと戦いなさい」
(出エジプト記17:9)

というモーセの言葉に従って、ヨシュアはアマレクとの戦いに出て行きました。

しかし、これは神の命令ではなく、明らかにモーセ自身の考えです。

新約聖書の光を当てるとは、新約でイエス・キリストがどのように言ったか、その御心を知った上で、旧約聖書の出来事を判断して読むということです。

イエス様は

「剣をとる者はみな、剣で滅びる」
(マタイ26:52)

と言われました。

この御言葉に照らすなら、モーセの判断は、神の御心とは一致していなかったと言えるでしょう。

誤った判断をすれば、たとえその人が神の恵みの中に生かされていたとしても、苦い報いは刈り取ることになります。

イスラエルがその後、何年にも渡ってアマレクの攻撃に遭ったことがその証拠です。

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では、御心からずれていたにもかかわらず、なぜモーセの祈りは聞かれたのでしょうか。

一生懸命祈れば、たとえ誤った願いであっても、神は押し切られるようにして、それをかなえてしまわれるのでしょうか。

モーセとヨシュアが取った

「ヨシュアは、つるぎにかけてアマレクとその民を打ち敗った」
(出エジプト記17:13)

という対策は、その時点で考え得る最善の選択だったことでしょう。

しかし、神の目から見れば、それは最善ではありませんでした。

神の最善は、平和的にアマレクとの間の問題を解決に導くことです。

「もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ」
(箴言25:21)

人間の判断が最善でなくても、そこに祈りが加えられるとき、神はイスラエルだけでなくアマレクをも含めて、すべてを総合的にご覧になり、その祈りを聞き入れてくださいます。

同じ人間同士の、低レベルな争いの渦中に置かれたときこそ、神に従う道を選び取ることが求められます。

そのような祈りを、神は確かに聞いてくださるのです。

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御心を求め、祈り、さらに神の導きを求める今日としてまいりましょう。

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