今日のみ言葉【No.3825】(2026年 1月22日)「岩からの水(3)」

「あなたは民の前に進み行き、イスラエルの長老たちを伴い、あなたがナイル川を打った、つえを手に取って行きなさい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つであろう。あなたは岩を打ちなさい。水がそれから出て、民はそれを飲むことができる」
(出エジプト記17:5-6)

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孫がおばあちゃんにこう言いました。

「どうしておばあちゃんは、すぐ人に聞くの?ググればわかることじゃない」

しかし、おばあちゃんは「ググる」という言葉の意味が分かりません。

たとえ意味が分かったとしても、何を検索すればよいのか、その言葉自体が思い浮かばないのです。

熟練者から初心者への指示の出し方として、これはよくある不親切な例です。

神は、モーセの祈りに対して、そのような曖昧さのない、きわめて具体的で明確な指示を与えられました。

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「あなたは民の前に進み行き、イスラエルの長老たちを伴い、あなたがナイル川を打った、つえを手に取って行きなさい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つであろう。あなたは岩を打ちなさい。水がそれから出て、民はそれを飲むことができる」
(出エジプト記17:5-6)

「長老たちを伴い」とは、証人となる人を設定するためです。

神の御業は、こっそり一人で行うものではありません。

それは必ず成るのですから、彼らを神の不思議な御業の証人とせよということです。

「つえを手に取って行きなさい」とは、かつてナイル川の水を打った、あのつえのことです。

そのつえでホレブの岩を打てというのです。

そして、「あなたの前に立つであろう」と神は約束されています。

人間の目には見えませんが、神は全能の神として、現実に私たちの前に立っていて下さることを、信仰によって受け入れるのです。

モーセは神が言われたとおりに行いました。

するとその通りになり、民は水を飲み、渇きを癒すことができたのです。

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新約聖書で、使徒パウロは、この岩こそキリストであると語っています。

「みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊の岩から飲んだのであるが、この岩はキリストにほかならない」
(第1コリント10:4)

イエス・キリストはこう教えられています。

「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」
(ヨハネ4:14)

モーセのように、神を信じて歩む時、人は永遠の命に至る水を得ます。

そして、すべての必要をご存知の神は、日常生活に必要な水も満たして下さいます。

つぶやきそうになった時こそ、この出エジプト記の記事を思い起こし、「つぶやく」という選択ではなく、「キリストと出会う」という選択をするのです。

これこそが、人生の極意であると、聖書は私たちに教えています。

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苦難・困難の中で、神の配慮を見出す今日としてまいりましょう。

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