今日のみ言葉【No.724】(2013年12月17日)

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」
(歴代志下5:13)

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神の宮の建築工事が終わり、完成を祝う式典が始まりました。

人々が続々と集められ、神の箱が設置され、多くの捧げものが献上されました。

聖歌隊・音楽隊が力の限り讃美を続けます。

そして主の栄光が神の宮に満ちたのは、次の言葉を言った時でした。

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」

彼らがそれを言った時は

「声をふりあげ、主をほめ」

ていました。

その時、神の臨在を表す「濃き雲」が主の宮に満ち、

「祭司たちは雲のゆえに立って勤めをすることができなかった。主の栄光が神の
宮に満ちたからである。」
(歴代志下5:14)

となりました。

祝典のクライマックスで、本当に神が雲という形でイスラエルの民に現れて下さ
ったのです。

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神の臨在と栄光をもたらす言葉は、

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」

です。

そのように心から言える時と、とてもそんなことは言えない時と、人生には様々
な時があります。

試練と苦難のただ中にいる時は、

「神様などどこにいる」

と恨み言を言うことは出来ても、とてもとても

「声をふりあげ主をほめる」

ことなどできません。

しかし、私たちの目では不幸のどん底にしか見えない状況も、神様からは、

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」

なのです。

これが真理であり、そう見えるのが神の視点であるとすれば、私たちもあえてそ
れに従っていけば、かならず神様の愛は見えてきます。

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アメリカでは飛行機の免許が比較的簡単に取れると聞いた人が、意を決して長期
休暇を取り、セスナ機の免許取得に挑戦しました。

訓練の終盤、教官が

「これから天地上下の逆さ飛行をやる」

と言った時の話しです。

「さぞや頭に血が上って大変だったでしょう?」

と私がきくと、彼は、

「いやいや、全然そんなことは感じませんでした。」

という答え。

自分でも驚いたそうですが、天地が逆さになったという感覚はなかったそうです。

あるのは

「上は青い空。下は茶色の地面」

が不意に、

「上が茶色の空。下が青い地面」

に変わった、という感覚だけだったというのです。

教官はそこで何と彼に言ったでしょう?

「計器を見て操縦せよ。自分の感覚に頼るな。」

でした。

自分の感覚と現実とは全くの正反対。

自分の感覚に頼って上昇しようとしたら、それこそ真っ逆さまに地面に落ちてし
まいます。

自分の感覚に逆らって、計器が示す方に従って操縦しなければならないのです。

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私たちの人生を飛行機にたとえるなら、その計器とは何でしょうか?

その通り、聖書です。

自分の感覚では、

「ダメだぁ〜」
「もう終わりだ」

と思っても、それはあなたが上下反対の飛行機を操縦しているからそう見えるの
だ、と聖書は語ります。

計器に従って人生を飛行するとは、

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」

との御言葉を繰り返し繰り返し唱え、

「そのように恵みある人生を私は歩ませていただいているのだ」

と考えて生きていく決心をすることです。

神を信じていてもいなくても、クリスチャンであろうが無かろうが、人生に苦労
はつきものです。

問題のない人生などどこにもありません。

しかし、あなたという飛行機を安定して操縦するためには、

「主は恵みあり、そのあわれみはとこしえに絶えることがない」

という神の御言葉を計器として信頼することです。

その人生に神の栄光が満ちるのです。

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「今日私が感じていることと、神の約束は違うんだな」

と考え方をガラッと新たにしましょう。

御言葉の表す現実の方を選択する一日となりますように…。

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