今日のみ言葉【No.1767】(2018年 6月 1日)「 真の癒し」
イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。
(マルコ2:5)
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先日、ガンの末期の方のお見舞いに行きました。
放射線治療、抗ガン剤、痛み止めの薬。痩せた体。
しかしその人の輝く笑顔に圧倒されて帰って来ました。
救われた喜びに支えられ、命を燃やし続けているこの方の存在に触れ、見舞いに来た私の方が恵まれました。
「キリストを信じ、永遠の命の希望を持っていると、このように輝けるのだ」
私は新たな希望を抱かせてもらいました。
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今日の聖書の個所は、中風を患っている人が友人4人の信仰によって癒された話です。
うっかりするとここは、「癒される」と信じる信仰の強さによって癒しが起こる度合いが変わる、と思い込んでしまいがちです。
つまり、
「1人だけでは信仰の量が足りなくて癒されなかっただろうが、4人も祈っていたのだから癒された。3人ではまだダメだったろう」
というような具合です。
また、これと同じような考え方で、ゆだねる度合いで癒しが起こる確率を判定しようとする方もいらっしゃいます。
「Aさんは最終的に全部神に委ねていたから癒されたが、Bさんが癒されなかったのは半分までしかゆだねていなかったからだ」
という測り方をする人です。
それらは全て無駄な努力です。
イエス様は愛の方ですから人々が病に苦しんでいる様子を見て深くあわれみ、癒しを起こす御方です。
しかしそれを第一の目的として来られた方ではありません。
イエス様がこの世に来られたのは、ご自身を通して人を神と再び結びつけ、神と人との間を正常な関係にするためです。
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この中風の人が癒されたのは、4人の友人たちの熱心さにイエス様が根負けしたからではありません。
もしそうであったら、それは「取引」となってしまいます。
また、彼らの行為に感動したので、ご褒美として癒してあげたというのでもありません。
実際は
「イエスは彼らの信仰を見て」
(マルコ2:5)
とあります。
友人たちは、「この方なら癒やしていただける」とイエス様を信頼し、病人をゆだねました。
イエス様はその信頼を見て取り、中風の者に、
「子よ、あなたの罪はゆるされた」
(マルコ2:5)
と言われました。
この段階でこの人と神との関係は正しい関係となりました。
注目すべきは、この段階で肉体の癒しは起きていないということです。
たとえ癒されなくても、自分と神を隔てていた罪が処理され、神を「父」と呼べる関係になった時、人は肉体が健康であった時とは質的に異なる平安と喜びを持つのです。
これが真の救いに入れられた人の状態です。
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「ゆだねていると癒される」のではありません。
神は癒しが必要と見られた時に癒しを起こして下さいます。
ゆだねることと交換条件で病の癒しが起こるのではないのです。
しかし、ゆだねているので、癒されても癒されなくても平安であり、永遠の命の希望をいただいて喜んでいられます。
これが本当の意味で癒され、救われたということなのです。
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「子よ、あなたの罪はゆるされた」との御声に深く耳を澄ます今日として参りましょう。
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