今日のみ言葉【No.4026】(2026年10月15日)「神の聖さ」

その時モーセはアロンに言った、「主は、こう仰せられた。すなわち『わたしは、わたしに近づく者のうちに、わたしの聖なることを示し、すべての民の前に栄光を現すであろう』」。アロンは黙していた。
(レビ記10:3)

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沸騰したお湯をポットに入れるという日常的な行為でも、もし間違えて自分の体にかかったら、火傷でひどい目に遭います。

いい加減な気持ちでは出来ません。

それと同じように、神に対しても、人間の都合や勝手な考えで接してはいけないのです。

まして、神の近くで奉仕する祭司なら、なおさらでした。

神が定めたやり方に反して、異火をささげたナダブとアビフは、主の前から火が出て焼き滅ぼされてしまいました。

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「さてアロンの子ナダブとアビフとは、おのおのその香炉を取って火をこれに入れ、薫香をその上に盛って、異火を主の前にささげた。これは主の命令に反することであったので、主の前から火が出て彼らを焼き滅ぼし、彼らは主の前に死んだ」
(レビ記10:1-2)

これは衝撃的な事件です。

しかし、神がこのようになさったのは、単に神の厳しさを示すためだけではありません。

神は聖なる方であり、神に仕える者はその聖さを尊重しなければならないということを、祭司制度が始まったばかりのイスラエルに、強く示されたのです。

「わたしは、わたしに近づく者のうちに、わたしの聖なることを示し、すべての民の前に栄光を現すであろう」
(レビ記10:3)

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新約時代の今、この出来事を、当時とまったく同じ形で自分の信仰生活に当てはめてはいけません。

礼拝の方法を少し変えたからといって、天から火が降りかかってきて、焼き尽くされるというわけではないのです。

神は聖なる方であり、人間の都合や判断に左右される方ではありません。

神の聖さは、人間の考えや行動によって変わるものではないのです。

しかし、新約時代の信仰者は、キリストを通して神に近づくという恵みを与えられています。

その恵みは、神を恐れることを不要にするものではなく、むしろ感謝と従順をもって神に仕える土台となるのです。

「むしろ、あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい」
(第1ペテロ1:15)

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「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」
(ヘブル4:16)

この御言葉に励まされ、神の聖さを尊重しつつ、今日も恵みの御座に近づいてまいりましょう。

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