今日のみ言葉【No.4009】(2026年 9月24日)「神との関係を回復する」
「イスラエルの人々に言いなさい、『もし人があやまって罪を犯し、主のいましめにそむいて、してはならないことの一つをした時は次のようにしなければならない。
(レビ記4:2)
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「公害」ではなく、「香害」というものがあります。
自分にとっては良い香りの柔軟剤を使っているが、会社で周りにいる同僚にとっては匂いが強すぎて、気分を悪くさせるというようなケースです。
これに対して、
「わざとやったわけではありません。知らなかっただけです」
と言うこともできますが、たとえ自分には悪気がなく、相手を傷つけるつもりがなかったとしても、相手との関係に何の影響もない、ということにはなりません。
知らなかったからといって、起きてしまったことがなくなるわけではないからです。
このような場合、私が今まで最も適切な言葉として聞いたのは、
「知らなかったとは言え、大変申し訳ありませんでした」
です。
そう言えば、今まで以上に良い人間関係へと回復させるきっかけになるのではないでしょうか。
聖書が教える「罪」についても、同じようなことが言えます。
レビ記第4章には、過失や知らずに犯した罪を贖うための「罪祭(罪のためのいけにえ)」の規定が記されています。
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聖書の考え方では、「知らなかったなら、罪ではない」とはしません。
知らずに犯した罪についても、贖罪のためのいけにえが必要なのです。
これは、
「わかりました。私が悪かったのですね。でも、弁償したらそれで済むのではないですか」
という、単なる事柄の処理だけでは終わらないということです。
罪は神との関係に影響を及ぼし、神との交わりを損ないます。
罪とは神の御心に反することであり、それゆえ罪は必然的に神との関係に影響を及ぼすのです。
今日の聖句のレビ記4章2節は、
「故意でなくても、人間は神の御心から外れることがある。しかし、神はその罪を認識した人が、罪を認め、贖いを受け、神との関係を回復するための道を備えておられる」
ということを教えています。
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罪を犯してしまった人が、神との関係を回復するための道とはどういうものなのでしょうか。
旧約聖書のレビ記4章では、祭司、イスラエルの会衆、長老、つかさたる者、一般の人など、さまざまな立場の人が行うべき儀式が書かれてあります。
しかし、この規定に示されている動物の犠牲は、イエス・キリストの十字架と復活によって救いが完成して以来、もはや献げる必要がなくなりました。
旧約では動物が犠牲となりましたが、新約ではキリストご自身が罪のための犠牲となられました。
旧約の動物の犠牲は、罪を完全に取り除くものではなかったため、繰り返し献げられなければなりませんでした。
しかし、キリストの犠牲は完全な犠牲なので、一度限りで、永遠に罪の贖いを成し遂げるものです。
「イエス・キリストの十字架は、私の罪のための贖いであった」
と信じ、神がそのように定めて下さったと信じるとき、神との関係が回復され、神の子として、神との交わりの中で生きられるようになるのです。
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人間が知らずに犯してしまった罪であっても、神は罪の問題を放置せず、贖いの道を備えてくださっています。
新約において完成したその恵みを味わい、今日も安心して神に祈りを捧げる一日としてまいりましょう。
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