今日のみ言葉【No.4007】(2026年 9月18日)「ペテロのつまずき(4)」

The Denial of St Peter by Gerard van Honthorst (1622–24)

主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。そして外へ出て、激しく泣いた。
(ルカ22:61-62)

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ペテロは三度イエス様を否認しますが、その三度目でも、まだ自分がどういう状態にあるのか、つかめていません。

彼に、自分がどういう状態であるかを気づかせたのは、鶏の声ではないのです。

それは、イエス様のまなざしです。

「主は振りむいてペテロを見つめられた」
(ルカ22:61)

そこで初めて、ほんの数時間前に語られたイエス様の言葉を思い出したのです。

その時に、まるでジグソーパズルのピースが次々に頭の中ではめ込まれていくように、自分の真の姿と、一連のいきさつが明らかにされていったのでしょう。

そしてペテロは、

「外へ出て、激しく泣いた」
(ルカ22:62)

とあります。

取り返しのつかないことをしてしまった現実に、彼の心は打ちのめされ、泣くしかできなかったのです。

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イエス様のまなざしは、決してペテロを非難していたり、ご自身を裏切ったことを恨めしく思っていたりしての視線ではありません。

ペテロを通して、今を生きる私たちにも適用される恵みを、ここから三つ挙げてみましょう。

まず第一に、主は私の弱さをご存じであるということです。

イエス様は、ペテロの失敗に驚かれたのではありません。

彼が弱いことを知っておられたので、

「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った」
(ルカ22:32)

と、あらかじめ言っておられたことに、私たちは目を留めなければなりません。

ですから、私たちが失敗したときも、

「お前の本性はこんなものだったのか。今初めて知った」

などとは言われないのです。

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第二に、主は失敗した私から目をそらされません。

ペテロが三度否定した、その瞬間に、イエス様はペテロを見つめられました。

神は失敗した者を見捨てるためではなく、立ち直らせるために、私たちを見つめ、導いてくださるのです。

そして第三に、主は失敗の後にも使命を用意しておられるということです。

イエス様は、

「それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」
(ルカ22:32)

と言われています。

これは、

「失敗した人は、もう役に立たないから切り捨てられる」

という考えを否定するものです。

自分の弱さを知った人こそ、他の弱い人を支える人となれるからです。

ペテロの失敗は、彼の人生がもうそれで終わったという証明ではありません。

後に彼が、ペンテコステの日に大胆に語る使徒として立ち上がったことが、それを力強く裏付けています。

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主イエスのまなざしを、日々、存分に受け取る者として歩んでまいりましょう。

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