今日のみ言葉【No.4003】(2026年 9月14日)「生活の処方箋(348)『もう一息』」
わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。
(ガラテヤ6:9)
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アレックス・ヘイリー氏は、8年間にわたって小説や雑誌の記事を書き続け、出版社に送り続けました。
しかし、そのすべてが不採用でした。
ところが、彼は決してめげることはありませんでした。
なぜなら、ある日、送り返された原稿と共に、次のような編集者のひと言が記されていたからです。
「もう一息です」
彼は感動し、涙を流しながら希望に向かってさらに書き続けました。
長年の努力の結果、ついに、全世界に感動の渦を巻き起こす名作『ルーツ』を書き上げました。
1970年代において、最も成功し、最も強い影響力を持つ一人の作家の誕生でした。
ボクシング元世界王者のジェームズ・コーベットは、
「常にもう1ラウンド戦う人間に、致命的敗北は絶対にない」
と言いました。
人生、何事も粘り強く、「もう一息」の努力を積み重ねていきたいものです。
(※田中信生の『生活の処方箋』より)
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クリスチャンの人生でも「もう一息」が要求されています。
それは日本的な「ガンバリズム」の奨励ではありません。
パウロが語っているのは、人は自分の蒔いたものを刈り取るのだから、肉にではなく、霊に蒔きなさいということです。
どちらに蒔いたかの結果は、
「すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう」
(ガラテヤ6:8)
という御言葉から明らかです。
自分の欲望や自己中心的な満足のために種を蒔く人は、滅びを刈り取ることになります。
一方、霊に蒔く者、すなわち、神の霊に従い、他者への愛と善を行うために種を蒔く人は、永遠のいのちを刈り取るのです。
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では、そのように生きていれば、人生は順風満帆に進むかというと、そうではありません。
そこで、パウロはこう語ります。
「わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない」
(ガラテヤ6:9)
ここでの「善」とは、御霊に従って生き、互いに他者の重荷を負い合うことなどを含んでいます。
パウロ自身も、このような歩みの中で、誤解されたり、報われなかったり、結果がすぐには見えなかったりする経験をしたのです。
そうなると、人は精神的に疲れ果て、熱意を失います。
これが「うみ疲れる」ということです。
パウロ自身もその経験があったからこそ、
「たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」
(ガラテヤ6:9)
と、神の時を信じ、忍耐して歩み続けるよう勧めています。
自分が描いた脚本通りに事が進まなくても、あきらめてはいけません。
焦り、失望しかける自分のありのままを、祈りの中で神に差し出し、神が定められた最善のタイミングにゆだねるのです。
ここが、信仰の勘所です。
信仰の「もう一息」とはこのことなのです。
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神にゆだね、信頼して待つ。
しかし、たゆまず歩み続ける。
この生き方を、今日も続けてまいりましょう。
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