今日のみ言葉【No.3992】(2026年 9月 1日)「右の耳の癒やし」

イエスのそばにいた人たちは、事のなりゆきを見て、「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と言って、そのうちのひとりが、祭司長の僕に切りつけ、その右の耳を切り落した。イエスはこれに対して言われた、「それだけでやめなさい」。そして、その僕の耳に手を触れて、おいやしになった。
(ルカ22:49-51)

——————

今日の聖書箇所は、切り落とされた右の耳が癒やされた記事です。

この癒やしの奇跡は何を意味し、なぜイエス様はこの人を癒やされたのでしょう?

-*-*-*-*-*-*-

「イエスのそばにいた人たち」(49節)とは、ユダを除いた11人の弟子たちです。

「そのうちのひとり」(50節)とは、ペテロのことです。

「祭司長の僕」(50節)とありますが、これは身分の低い奴隷ではありません。

ヨハネによる福音書18章10節では、「大祭司の僕」と記されています。

「シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった」
(ヨハネ18:10)

大祭司は、過越の祭の最中、自身の汚れを避けるため、代理となる者を派遣しました。

耳を切られたマルコスは、大祭司の権威を帯びてその場に派遣された重要な立場の人物だったと考えられます。

現代の感覚で言うならば、社長の代理として現場を取り仕切る役員のような存在です。

つまり、ペテロは大祭司に切りつけたのと同じことになるわけです。

これは弟子たちの命に関わる大事件に発展する可能性がありました。

-*-*-*-*-*-*-

さて、ヨハネ18章では、耳は切り落とされたままです。

しかし、ルカによる福音書の方では、著者ルカは医者ですから、イエス様がちゃんと癒されたことを記しています。

しかも、単なる血止めをしたとかではなく、切り落とされた耳を完全な形で復元した奇跡の癒しです。

これによって、ペテロが剣を振るった罪で捕らえられる証拠と理由は消滅しました。

彼はその点で逮捕される可能性は消えたわけです。

イエス様はそうやって弟子たちを守られたのです。

それはイエス様がご自分の祈りの通りに行動されたことを意味します。

「聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい」
(ヨハネ17:11)

「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります」
(ヨハネ17:15)

-*-*-*-*-*-*-

イエス様は今、天上で大祭司として、私たちのためにとりなしの祈りを捧げておられます。

弟子たちへの祈りは、私たちへの祈りと同じです。

その祈りの中で今日も生かされていることを思い、平安に包まれて今日一日を過ごしてまいりましょう。

-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-

※御言葉メールのスケジュールは、
・月土…生活の処方箋
・水木…旧約聖書通読シリーズ
・火金…ルカ福音書講解説教
となっております。

□ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ □
■メールマガジン「今日のみ言葉」
■発行責任者:山形ジョイフルチャーチ 丸山芳浩

■過去の御言葉メールのすべては、以下のリンクからお読みいただけます。
mikotoba.org

■ご意見ご感想は、 maruyama@mikotoba.org までどうぞ

■YouTube 丸山芳浩師 メッセージチャンネル
www.youtube.com/@joymaru

■御言葉メールのお申し込みをご希望の方は、メールの題名に「登録希望」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。

■御言葉メールの配信停止をご希望の方は、メールの題名に「配信停止」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。
なお、登録・停止の反映には数日間かかることがあります。