今日のみ言葉【No.3882】(2026年 4月 2日)「土の祭壇」

あなたはわたしのために土の祭壇を築き、その上にあなたの燔祭、酬恩祭、羊、牛をささげなければならない。わたしの名を覚えさせるすべての所で、わたしはあなたに臨んで、あなたを祝福するであろう。
(出エジプト記20:24)

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一般の方がキリスト教式の葬儀に参列される際、さまざまな質問を受けることがあります。

「香典の表書きには、何と書いたら良いのですか」

→ 「お花料」とお書きください、とお答えします。

「どんな服を着ていったらいいのですか」

→ これには「一般的な礼服で構いません」とお答えします。

こうした形式についての質問が多い中で、あるお一人の質問だけ、まったく質が異なっていました。

「どのような心で、出席したら良いのでしょうか」

今日の聖句は、神と出会う際に人間がどのような心で臨めば良いのかを語っている箇所です。

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今日の聖句の出エジプト記20章24節は、十戒という大きな「法」が示された後、神と人間がどのように交流すべきかという「礼拝の原点」を記した箇所です。

ここで注目すべき点は、「土の祭壇を築き」という指示です。

これは次節の「切り石で築いてはならない」とも共通するところです。

礼拝において、神は人間の「細工」を求めず、自然な状態を求めています。

これは、外見を飾っただけの中身のない礼拝を、神は望んでおられないということを意味します。

礼拝において大切なのは、ささげる者の心です。

信仰の本質は、人間の努力によるものではなく、神への素直な服従にあるのです。

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また、神はこのように言われています。

「わたしの名を覚えさせるすべての所で、わたしはあなたに臨んで、あなたを祝福するであろう」
(出エジプト記20:24)

人間が神の名を呼ぶ場所であれば、野原であれ山であれ、神はそこへ降りてきて、共にいてくださるという約束です。

つまり、神がおられることを証しするなら、その人がどんな場所にいたとしても、神ご自身がその場に来てくださり、祝福して下さるのです。

ここで大切なことは、

「人間が神を呼ばない限り、神は来て下さらない」

という考え方をしないことです。

人間が祭壇を造るから神が来るのではなく、神が「臨み、祝福する」ために、人間との窓口である「祭壇」を設けているのです。

その根本にあるのは、神の愛です。

神の祝福は、常に人間の行為より先にあり、神はあなたを祝福しようとして待っておられるのです。

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神と交流しようとする時、すなわち礼拝に臨む時、私たち人間にできる最高の準備は、立派な飾りをしたり、いつも以上に自分を良く見せようと背伸びをしたりすることではありません。

ありのままの自分で、静かに、そして慎み深く神の御言葉を待つこと。

それが礼拝をする際の原点です。

原点に立ち返る今日としてまいりましょう。

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