今日のみ言葉【No.827】(2014年 5月17日)
だれが野ろばを放って、自由にしたか。だれが野ろばのつなぎを解いたか。
(ヨブ記39:5)
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5W1Hとは新聞記者が記事を書く時の基本です。
いつ (When)
どこで(Where)
誰が (Who)
何を (What)
なぜ (Why)
どのように(How)
この頭文字をまとめて5W1H(ごダブリューいちエイチ)と言います。
ヨブは苦難の意味を「なぜ(Why)」に求めましたが、神の答は「誰が(Who)」でした。
苦難の理論理屈を答えとしたのではなく、苦難の中での神との関係を答えとされたのです。
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ヨブ記第39章では野生動物の不思議な生態が記されています。
この中でも、野ろば・野牛・だちょうは何のために存在しているのかわかりません。
しかしそれは人間の見方からしてわからないだけであって、神の御心の中では意味があるのです。
何の役にも立たず、かえって人々の害になりかねないこれらの動物を創造し、生かしておられる方がいらっしゃる。
「だれが野ろばを放って、自由にしたか。だれが野ろばのつなぎを解いたか。」
(ヨブ記39:5)
この「誰が(だれが)」というところにヨブは目を注がなければなりませんでした。
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アメリカのロバート・シュラー牧師の娘さんがバイク事故に遭い、片方の脚を切断しなければなりませんでした。
可能思考を唱える牧師の娘ですから、そのことを悲観視せず、退院後は大好きなソフトボールを再開します。
彼女は、
「片足が義足で走れないからダメだという人がいるけど、ホームランを打てば問題ない。」
と考え、ホームランバッターになるべくトレーニングをします。
しかし、年頃の娘さんだったので、自分の見栄えが気になります。
特に、ご両親と一緒に船でクルージングをした時のことです。
何日も一緒の客船にいるので、その歩き方に人々の目が止まるようになりました。
スムーズに歩くことが出来ず、肩が
「ピョコン、ピョコン」
と上下するのです。
彼女もそれを見る人々の視線を感じていました。
ある晩の船上パーティーの席で、彼女はそのことを勇気を持って証ししました。
「どのように(How)歩くかは問題ではありません。大切なのは誰(Who)と共に歩くかです。」
「私はイエス・キリストと共に歩きます。」
満場の拍手で埋められたことは言うまでもありません。
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あなたは今日誰と一緒に歩いていますか?
神と共に歩く一日でありますように…。
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