今日のみ言葉【No.630】(2013年 8月 9日)

2013年8月10日

しかし今は死んだので、わたしはどうして断食しなければならないでしょうか。
(サムエル記下12:23)

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イライラ・クヨクヨをずっと引きずって、気持ちの切り替えが不得手だなと思う人はいませんか?

現代の脳科学によると「切り替え脳」というのがあるのだそうです。

こめかみの辺りの前頭前野の部分で、ここが働くとストレスが解消されます。

ただし、脳内物質のセロトニンが不足していると、この部分はうまく働きません。

セロトニンは太陽光を浴びると多く分泌されます。

朝起きて太陽の光を浴び、夜更かしをしないで早めに寝る、という伝統的生活はイライラをため込まない知恵ある生活なのです。

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今日のテーマは「切り替え」ということです。

神は預言者ナタンをつかわし、ダビデの罪を指摘します。

ここであっと驚く展開があります。

「ダビデはナタンに言った、『わたしは主に罪をおかしました』。」
(サムエル記下12:13)

あれほど隠蔽工作を計ったダビデでしたが、あっさりと罪を認めました。ナタンの上手な話に引き込まれたダビデが、心を射貫かれたのでしょう。

その直後がもっと驚く展開です。

「ナタンはダビデに言った、『主もまたあなたの罪を除かれました。あなたは死ぬことはないでしょう』。」

罪を認め、悔い改めたダビデを、神は何のわだかまりもなく、スパッと赦されたのです。

私ならもっとネチネチとダビデを責めると思います。

「本当に自分が悪いと思っているのですか?」

「証拠は?」

「どうやって証明できますか?」

「口先だけじゃないんですか?」

「明日になったらコロッと気持ちが変わっているとか?」

「ま、いいでしょう。今日のところは認めます。でも、今後1年間のあなたの生活を見て、本当に悔い改めたかどうかを判断しましょう。」

という風に…。

しかし神様の赦し方は、本当にその瞬間、罪を認め、悔い改めた瞬間に

「主もまたあなたの罪を除かれました。」

とされるのです。

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さて、ダビデとバテシバとの間に生まれた子供は、

「しかしあなたはこの行いによって大いに主を侮ったので、あなたに生れる子供はかならず死ぬでしょう」
(サムエル記下12:14)

と、死を宣告されます。

ダビデはそうならないようにと断食して神に祈りますが、生後7日目でその子は病気で亡くなります。

家来たちの様子に気づいたダビデは、子が死んだと悟ります。

家来たちは、子が生きている間も食べなかったのだから、死んだ今はなおさら食物など喉を通らないだろうと思っていました。

ところがダビデは、

「自分の家に行き、求めて自分のために食物を備えさせて食べた。」

と、断食をやめてさっさと食事をし始めたのです。

つまり、ダビデの罪は赦され、彼は無罪。

しかし、罪の結果として生まれた子を神はお取り上げになられ、死んでしまってもう自分はどうしようもない。

だから、後は赦された身として存分に生きる、という決心なのです。

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クリスチャンもこの切り替えが必要です。

いつまでも「私は罪人です」などとウジウジしている必要はないのです。

いえ、むしろ、そのように振る舞うこと自体が、罪に罪を重ねていることでしょう。

さっさとダビデのように嘆き悲しむことをやめ、

「ゆるされているんだ!」

「今までとあまり変わりないけど、これでいいんだー!」

と喜んで生きることが正しい方向を向いて生きることです。

「これは主が設けられた日であって、われらはこの日に喜び楽しむであろう。」
(詩篇118:24)

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神様の方では既に切り替えておられます。

私たちも切り替えて進む一日として参りましょう。