今日のみ言葉(2012年 3月27日)【No.271】
また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた。
(ルカ18:1)
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今日の聖句は、正しい裁きをするはずの裁判官が、自分を悩ますやもめのために不正な判決をするという個所です。
突拍子もないたとえ話です。
このような極端な内容を挙げてイエス様が教えたかったこととは、
「不義の裁判官でも何度でも頼まれれば行動を起こすのなら、まして人間を愛する義の神は、人の祈りを聞き、動こうとする」
ということです。
ですから「失望せずに常に祈るべき」なのです。
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失望せずに常に祈れ、と言われているということは、失望して祈れないのが人間だからです。
「恐れるな」という言葉が語られるのは、恐がっているから、ということと同じです。
私たちは、望みを失いやすい者であること、そして、祈りを続けられない者であることを覚えましょう。
ですから、気を取り直して祈っても、その日の内に祈りがかなえられないと、神に見切りをつけてしまうのです。
あるいは祈ったことさえ忘れます。
この苦境から脱出する道を探ろうとして占いに走る人もいます。
全て人間の弱さから出たものです。
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神は忍耐深くあなたを待っておられます。
もう一度、祈りの場に戻ってくるのを辛抱強く待っておられるのです。
そして、
「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。」
(エレミヤ33:3)
という約束を持って、あなたが今一度望みを持って立ち上がるのを待っておられます。
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何度でも失望しましょう。
またそこから立ち上がればいいのです。
何度でも倒され、ダウンしましょう。
「神は私の祈りを聞こうとしておられる」という思いを支えに、また祈ればよいのです。
それが本当の祈りの生活です。
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神はあなたの祈りを今日も聞き、祈りの答に向けて一歩進ませて下さいます。
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