今日のみ言葉【No.2159】(2019年12月 3日)「盲人バルテマイ(4)」
2019年12月3日
そこで彼は上着を脱ぎ捨て、踊りあがってイエスのもとにきた。
(マルコ10:50)
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今まで使っていたガラケーの契約期間が終了したので、今月からスマホを使い始めました。
どうやってマナーモードにするか、音量の上げ下げ、電話の受け方かけ方等、新たに覚えなければならないことがたくさんあります。
ふと、「面倒くさいなあ」、「前のままで良かったのでは…」という思いが湧いてきますが、すぐに「いや、これで行こう」と思い直します。
なぜなら、ガラケーにはない新しい機能満載のスマホの方が魅力的だからです。
古いものを捨てるには新しいものとの出会いが必要です。
バルテマイの決断からそのことを見ていきましょう。
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バルテマイの信仰的態度の第3番目は、彼が今までずっと着ていた古い上着を自分から脱ぎ捨てたことです。
聖書で言う上着とは、夜の寒さもしのげるほどの厚手の外套(がいとう)で、下着が今の私たちが着ている服とお考えになるとよいでしょう。
ですから、上着を捨ててしまえば、その日の夜から生きることに困るようになります。
彼はそれを捨ててしまいました。
なぜなら、彼はイエス様に呼ばれたからです。
「イエスは立ちどまって『彼を呼べ』と命じられた」
(マルコ10:49)
彼は嬉しかったのです。
これで自分の人生を閉ざしていた問題が解決する。
今日から解放され、今までとは全く違った新しい人生が始まる。
その確信と喜びがバルテマイの行動に現れました。
「そこで彼は上着を脱ぎ捨て、踊りあがってイエスのもとにきた」
(マルコ10:50)
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信仰には、過去の古い自分という上着を脱ぎ捨てる決断が必要です。
「あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである」
(コロサイ3:9-10)
それが容易(たやす)いことではないということは、洗礼を受けてクリスチャン生活を長く送った人ほどわかるはずです。
地上生涯の終わりまで古き人との戦いは続きます。
しかし、イエス・キリストという偉大な人格に出会った後なら、それは義務や強制でするのではなく、踊り上がって捨てざるを得なくなる状況へと導かれるのです。
これは我力でやることではありません。
キリストの新鮮な魅力に触れることにより、そこにどうしてもついて行きたい、新しい世界に浸りたいという思いが湧き、それが原動力となって、いつの間にか古いものを捨てているのです。
それはまさしく神のわざです。
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佐藤弘一さんは朝起きると、奥さんの顔に大きなアザがあるのを見つけました。
ビックリして、
「お前、どうしたんだ?」
と問いただすと、何と昨日の夜、大酒を飲んで酔っ払った自分が殴った跡だというのです。
彼には何の記憶もありません。
あるのはただ酒の上での醜態と今まで人にかけてきた迷惑の数々です。
「またやってしまったか…」
それでもお酒をやめられない、いいえ、そういう自分を忘れさせるためにまた酒に逃げ込むという悪循環を繰り返していました。
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神様は弘一さんを救うために、お子さんに問題を生じさせました。
我が子の心に暖かいものを与え、少しでも強くなってくれればと、教会の英語教室に通わせ、その送り迎えをするうちに、彼はチャペルタイムで聖書のお話を聞くようになり、徐々に神様に心惹かれていきました。
しかしここでも邪魔をするのは酒にまつわる過去の体験です。
「こんな俺が神様の前に出るなんておこがましい」
牧師夫妻や教会のクリスチャンの方々の前に出ると、神様の聖さを感じ、自分の罪の姿があぶり出され、苦しくなるのです。
今まではそのような自分の醜さ、罪の姿を見せられると、それを紛らわすためにお酒に逃げていましたが、教会で聖書のお話を聞き、キリストの十字架の罪のゆるしにより、神の愛で自分もこのありのままで愛されていると言われ、彼の心は不思議と静まり、満たされた思いを持って家路につくのが習慣となりました。
そんなある時、同居していたお父さんが心配顔で弘一さんにこう言いました。
父:「弘一、お前、身体どこかおかしいんでないか?」
弘:「いや、どこも悪くないよ」
父:「いや、絶対おかしい」
弘:「なんで?」
父:「だって、お前、ここ2週間、酒を一滴も飲んでないぞ。あれだけ飲んでいたお前が飲まないとは、きっとどこか身体が悪いにちがいない」
そう聞いた弘一さんは驚きました。
自分で「飲まない!」と決めて努力したのではなく、全く無意識で酒なしの日々を2週間も送っていたことに初めて気がついたからです。
彼は自分の心をここまで満たす神の愛を実感し、本物だと確信を持ち、その後洗礼受け、信仰生活を神の力で進めるクリスチャンとなりました。
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新しく神の愛に満たされ、古い自分を脱ぎ捨てる今日の一歩を始めて参りましょう。
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