今日のみ言葉【No.2112】(2019年10月 4日)「神の国問答(2)」
2019年10月4日
「よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」
(マルコ10:15)
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小さいお子さんが、お母さんと食事をしています。
「ママー、みじゅー」
と言うと、
「はい、お水ね」
とお母さんが飲ませてくれます。
幼な子は母親が水を持ってきてくれるかどうかなど心配していませんし、自分が親に完全な信頼を寄せているなどということを意識もしていません。
神の国での人間と神との信頼関係はこのようなものなのです。
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「神の国」が何を指すかは、この語が使われている文脈によって判断する必要がありますが、ここでは「神の支配」のことです。
また、「幼な子」の特徴も様々挙げられますが、ここでは「親に対する信頼」を取り上げることがベストだと考えられます。
幼な子はどんな時でも親に対して絶対の信頼を持っています。
イエス様は
「よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」
(マルコ10:15)
と言われましたが、その意味はこうです。
幼な子が自分の父母に全く信頼しているように、天の父である神に全く信頼する者が神の支配の中に入れられ、神の国の民となる。
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以上のことから考えると、聖書は神の言葉であると丸ごとすっぽり受け入れることが、神の国の正面玄関から入るやり方と言えます。
それは幼な子が親が口に入れてくれる食物を何でも食べるのと同じです。
子はそこで「おいしい」という感覚を体験し、食べることが楽しみとなります。
私たちはそのように、聖書は神の言葉であると信じ、御言葉に信頼し、それを実行して生きる時の祝福を実際の人生で味わうのです。
それは、
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう」
(マタイ7:7)
の御言葉を信じて実際に求め、与えられたという体験であったりします。
また、
「あすのことを思いわずらうな」
(マタイ6:34)
とイエス様が言われたとおりに思い煩いことをやめた時に得られる平安であり、実際に問題がおさまったという体験をすることもあるでしょう。
最初から食わず嫌いの赤ちゃんはいないように、自分で御言葉の取捨選択をせず、まずは書かれてある通りに受け取ることが基本です。
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後になって、嫌いな食物や堅いものに出会うことでしょう。
その時、幼な子はどんな反応をするでしょうか?
「ベェ~」っと吐き出します。
それが正常です。
私たちも聖書の言葉通りにやったのに、その通りの祝福が得られず、かえって人から非難されたり、嫌な思いを味わうことがあります。
その時は、御言葉を「ベェ~」っと吐き出すことが正解です。
「私が悪かったのだ。私が至らないからこんなことになったのだ」
などと自分を責めて、無理やり飲み込もうとしてはいけません。
むしろ、
「何これ?無理。できない!」
と言って、神様に一旦お返しすることの方が健全です。
大人になると苦味のある食物が好みになるように、もう少し後になってからだと受け入れられるようになるのでしょう。
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それでも繰り返し同じ食べ物が口に運ばれ、その都度嫌な思いをしているとするならば、親が子になぜそんなことを強いるのか、その理由を考えてみると推察がつきます。
解答はあなたが考えている通りです。
子供の成長に必要だから親は嫌いな食物でも食べるようにと勧めるのです。
それが分かれば、後は食べ方を自分で工夫することのみです。
少量ずつ何回かに分けて食べる、他の食材と混ぜてわからないようにして食べる、強制的に鼻をつまんでゴックンと飲み込む等々。
人生には単純な部分があり、複雑な部分があります。
同じ柿の実でも、緑色の時は食べられません。赤く熟してからいただくのが本筋です。
ところが、色が赤く変わったから食べてみたら、渋柿だったということがあります。
食べられないからといって捨てるのではなく、渋柿のヘタに焼酎を浸し、袋に密封して2~3週間置くと、甘柿以上の甘さを持った柿となります。
基本はそのまま丸ごと信頼して食べる。
食べられない時は応用です。
工夫して食べたり、時を置いたり、あるいはそれが好きな人にあげたり等、様々な道を選べます。
しかし、根底にあるのは
「これは私を祝福しようとして与えてくださっている神の愛だ」
という神への信頼です。
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幼な子のように信頼して神と共に歩む今日として参りましょう。
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