今日のみ言葉【No.2097】(2019年 9月14日)「神の世界の実際」

2019年9月14日

わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。
(ピリピ4:13)

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私は若い頃この御言葉に出会って、スーパーマンになったような気がしました。

「神に願えば何でもできる!」

その後どうなったでしょうか?

どんなに祈っても願いがかなわず、この御言葉の通りにならない現実に幾度となくぶつかりました。

しかし、人間の願いが全てかなったら世の中はどうなるでしょう?

それはそれは大変なことになるでしょう。

神の御心が成るのです。

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ところが、人間が神の御心だと思ってやっていることが実は誤解であったり、自分の本音を神様の御心という建前に覆い隠していたり、途中で人間中心の思いに変わってしまったり、現実は様々あるのです。

神様が、求めても与えず、探しても見つけさせず、門をたたいても開けてくれないのは、私たち人間の思いを変えるためです。

自分中心から神中心へ。

つまり、

「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」
(ピリピ4:13)

の御言葉を使って神を動かし、自分の思いを達成するために神を利用しようとする人生から、自分の願望成就を手放し、

「神の願いが成るために私をお用い下さい」

という祈りに変わることです。

その時、神はあなたの大いなる応援団となり、惜しみなく支援し、助けを与えて下さり、窮地に陥った時に力を与えて乗り切らせてくれる存在として現れるのです。

人は自分の思いを手放し、自分の思いに死んだ時、

「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」
(ピリピ4:13)

という人生を歩んでいることに気づくのです。

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人は他者のために生きているつもりで案外自分中心に考えているのだという例を一つ。

宿題をしない子供、課題を期日までに提出しない生徒がいます。

親や担任の先生の口からは

「いやはや、困りました」

「これでは困りますねー」

という言葉が漏れてきます。

その時私はこう尋ねることにしています。

「どなたがお困りなのですか?」

すると皆さん一瞬戸惑った顔をなさいます。

「いや、本当に困っているんです…。どうしたらいいのか…」

確かに、親の躾がなっていないと言われればそれまで。教師の指導力不足と言われればそれまでです。

だからこそ、「問題だ」「困った」と言っておられるのですが、

「宿題をしなくて本当に困るのは誰でしょう?」

と続けて問うと、この辺りでだいたいお気づきになります。

「困るのは課題を提出しない当の本人でした!」

その当のご本人様は、やがて自分が本当に困った状態になるのがわからないので現在のほほんとしておられますが、本来は子供自身が困らなければならない問題なのです。

そうやって人様の困り事を自分の困り事として引き入れ、混同し、なんとかせねばと自分中心に回そうとするので、相手は動こうとせず、抵抗し、自分の祈りも願いも叶えられず、世の中うまく回らないと感じるわけです。

親や先生は困ることを手放すことが鍵です。

そして、子供に「困ったなあ」という思いをさせることです。

神様はそうやって一人々々の人間を自分で物事を考えることのできる自立した人間に育てようとなさっています。

その御心の方向にあなたが従い進もうとするなら、

「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」
(ピリピ4:13)

と言われる世界の実際を現実に体験し、神の力を味わうことができるのです。

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「困った」は手放し、神の方向に進む今日として参りましょう。

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