今日のみ言葉【No.1999】(2019年 4月26日)「いやされた盲人(2)」

2019年4月26日

それから、イエスが再び目の上に両手を当てられると、盲人は見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだした。
(マルコ8:25)

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今年も実家の畑にナス、カボチャ、ミニトマトなどの苗を植え終わりました。

いきなり植えたのではありません。

雪解けを待って入念に畑を耕し、土中で横に長く伸びている雑草の根を一つ一つ取り去り、肥料と土を混ぜ合わせます。

そのままのんびりと待ち、天気予報を見て明日は確実に雨が降るという前日に植えます。

後は実がなるのが当たり前だと意識もせずに、水をあげて、時を過ごすだけです。

全ての事には手順と段取りがあり、そして信じて待つという期間があります。

イエス様なら癒してくださると信じてやって来た人々のその信仰を通して、イエス様は盲人の目を徐々に癒してくださいました。

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イエス様の3年半の公生涯の奇跡を見ると、前半と後半に分かれます。

ご自分が救い主であることを人々に示すため、誰でも癒やす奇跡を行ったのが前半です。

この段階でイエス様をメシアとしてイスラエルが受け入れれば、王としてイエス様は迎え入れられ、人類の歴史は全く違ったものとなっていたはずです。

しかし、イスラエルの公式見解は「イエスはメシアではない」という結論になりました。

そうなってからが後半で、そこから先はガラリと方針を変えられ、弟子訓練に力を注ぐようになります。

それはイエス様は十字架の道をたどることをはっきりと認識なさったからです。

ご自分が天に帰られて以降、福音を伝道するのは弟子たちですから、その彼らの信仰を強めるために奇跡を行うようになりました。

ご自分を信頼してやってくる人のみを癒やすようになったのはそのためです。

イエス様の癒しを信じてやって来た盲人が一瞬でなく徐々に癒やされたのには、弟子たちの信仰の訓練の意味もあったことがここに表されています。

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私たちは、徐々に、段階を経て成長していくのです。

神は全てのことを一瞬ですることのできる全能のお方ですが、私たちが自分自身を知るために、徐々に事を進められます。

イエス様は悟りの遅い弟子たちに、

「私はあなたたちのことを見捨てはしない。まず自分が自分自身を知らず、霊的に目が見えない状態にいることを知りなさい」

と言うが如く、この盲人の癒しを行われました。

弟子たちは、すぐには見えなくても、徐々に見えるようになったこの人を見て、自分自身をあきらめる必要はないことを知ります。

自分は霊的に盲目であり、安心しているように見えて、実は不安と恐れの闇の中を歩いていたのだ、と気づく人だけが、本当に見えるようになるにはどうしたらよいのだろうかと探し出します。

そこでイエス・キリストへの求道が始まるのです。

手探りで歩いていた人生から、世の光であるイエス・キリストの光に照らされた道を歩むとき、少しずつその道が明らかにされていくのです。

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イエス様は確かにあなたを導いておられます。

あきらめず、焦らず、神の御言葉の光に照らされた道を歩いて参りましょう。

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