今日のみ言葉【No.1998】(2019年 4月25日)「聖書の読み方(2)」

2021年7月27日

「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」
(マタイ9:2)

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アメリカの神学校で勉強したとき、ただでさえ難しい神学書を英語で何冊も読まなければならず、音を上げました。

アカデミック・アドバイザーに相談すると、「あなたは本の読み方を知らない」と言われ、こう読みなさいと教えてくれました。

まず目次を読む。次に最後の結論を読む。それで筆者の言いたいことを大まかに掴んだら、興味のある章だけ読む。

まともな本なら段落(パラグラフ)の1行目にその部分のまとめが書いてあるから、各段落の1行目だけを飛び飛びに読んで行きなさい。そうすれば本の全体を短い時間で読むことができる。

まさに目からウロコのアドバイスでした。

さて、聖書の場合はどこから読んでいったら良いのでしょうか?

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初心者の方が信仰を学ぶためには、旧約聖書より先に新約聖書の方からお始めになるのが良いでしょう。

まず福音書、そして使徒行伝(使徒の働き)を読み、その後に続く手紙、ヨハネの黙示録へと読んでいくのがおすすめです。

福音書にはイエス・キリストの言葉と行いが記録されていますから、キリストが実際何を言い、何をしたのか、自分で確かめることができます。

そして使徒行伝では、イエス様の教えを受けた弟子たちがどう生き、どのように福音が広がっていったかが書かれていますから、聖書を通して救いの福音を知る私たちが信仰を持つ上でとても参考になります。

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福音書は4つあります。

どこから読んでもいいですが、それぞれに特徴がありますので、自分のフィーリングに合った福音書から読まれると良いと思います。

普通の人は、やはり新約聖書の最初のマタイによる福音書を開いて読もうとなさるでしょう。

この福音書を書いたマタイは取税人でした。

税の徴収を仕事としていたマタイだけあって、イエス様についての記事を集め、それをまとめて綺麗に整理した形で書かれてあります。

また、ユダヤ人向けに書かれてあるので、旧約聖書、並びにユダヤ文化の伝統や論理の組み立てを知っていることを前提として書かれてあります。

初めて読む方には理解しにくい箇所が出てくるのはそのせいだとも言えます。

しかしそのツボを押さえて読むと、非常に論旨がはっきりし、

「ははーん、なるほど、そうだったのか」

と、マタイによる福音書くらいわかるものはないというほどの理解度になります。

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例をひとつ挙げてみましょう。

マタイ9章1~8節には中風の人の癒しの記事があります。

イエス様はこの人に向かって、

「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」
(マタイ9:2)

と罪の赦しの宣言をしました。

するとその場にいた律法学者たちは、心の中で「この人は神を汚している」と批判しました。

イエス様はそれを見抜き、罪の赦しは今この場で成されたのだということを、彼ら自身の論理で納得させるために

「あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか」
(マタイ9:5)

と質問なさいました。

あなたはどちらが簡単で、どちらのほうが難しいと思われますか?

実はここにユダヤ式の論法が出ているのです。

それは

「難しい方ができたのなら、簡単な方は当然できる」

という論理です。

あなたがイエス様から問われているとして、もう一度考えてみてください。

「あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか」
(マタイ9:5)

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難しいのは、起きて歩く方です。

「えっ!罪の赦しのほうが高級で難しいんじゃないですか?」

と思われた方もいらっしゃるでしょう。

しかし、「あなたの罪はゆるされた」と言うことは実は簡単なことなのです。

極端に言えば、ゆるしを宣言すればいいだけで、目に見える現象は何も起きなくても構いません。

しかし、中風という病で寝ていた人を立って歩かせるには、言えばいいだけで済むでしょうか?

いいえ、その場で見せなければなりません。

その点で難しいのです。

ですからイエス様は、

「人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」
(マタイ9:6)

とわざわざ断り書きをつけてから、

「中風の者にむかって、『起きよ、床を取りあげて家に帰れ』と言われた。すると彼は起きあがり、家に帰って行った」
(マタイ9:6-7)

という御業をなさったのです。

批判していた律法学者たちは、自分たちの証明方法であるユダヤ式論理によって、

「難しい癒しの方をしたのだから、それより簡単な罪のゆるしも当然できる」

と納得せざるを得なくなったわけです。

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ただし、このようなことが最初の1回目でわかるのはユダヤ人以外いません。

彼らはそのような思考法に慣れているからです。

私たち日本人の場合、急に目の前に霧がかかったように感じて聖書がわからなくなるのは当然なのです。

今回説明したようなことは、解き明かしをしてもらって初めてわかるようになるのが順当なところです。

わからない箇所はあとの楽しみとして取って置き、理解できるところを大事にして読み進めていくのが、聖書に親しんでいける読み方です。

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マタイによる福音書を読む方は、このようなことを心がけ、ゆっくり、自分を責めずに読んでいって下さい。

聖霊があなたを今日も導いてくださいますように…。

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