今日のみ言葉【No.1787】(2018年 6月27日)「 神の祝福を受けるための訓練『続ける』(2)」
「わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」
(サムエル記上16:7 )
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日本の卓球選手が中国に勝つくらい強くなりました。
見ていると、きれいなフォームで決まる力強いスマッシュばかりではありません。
大半は体勢を崩され、不十分ながら返す「つなぎ」です。
ここを無理して完全な打ち方をしようとするとミスを招いて自滅します。
しかし、丁寧につなぎ、強打して決めてやろうという思いを抑えて辛抱していると、やがてフワッと浮いたチャンスボールがやってきます。
かっこ悪い打ち方ながら、しのぐことを覚えた人が現実の勝利者となります。
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継続する時も同じです。
いつでも完全なやり方で、教科書通り、教えられた通りのやり方を続けようとすると、続くものもの続きません。
聖書通読やディボーションを断念せざるを得なかった人に多いパターンです。
継続とはかっこ悪いことなのです。
綺麗にやろうとすると続けられません。
人間は不完全だからです。
調子の良い時もあり、悪い時もあります。
聖書を熟読できる時もあり、1行読むだけでもやっとの時があります。
「アップ↑ダウン↓」のダウンの時は、百点満点を目指して机にかじりつくのをやめ、自分の答案を書いてさっさと提出するのです。
おそらく平均点以下、赤点落第の内容でしょう。
なぜなら、
「形だけで中身がない」
「うわべは整えられたかもしれないが心が伴っていない」
からです。
その評価は甘んじて受けましょう。
しかし、
「やめることはせず、形だけでも出すことができた」
と自分に言い聞かせ、自分を励まし、自分へのダメージを最小限にして、明日の活力を確保する方向へと自分を向かわせるのです。
長く継続できた仕事には、間にそのような「つなぎ」の個所がいくつもあります。
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かっこいい自分だけを自分とせず、かっこ悪い自分をも受け入れること。
それはイエス・キリストが十字架で私たちの罪のために死に、私たちの全てを受け入れてくださったことが土台となります。
キリストが受け入れてくださったから、私もこの不十分な自分を受け入れ、不十分な私として生きていく。
これが継続していくための力となるなのです。
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神は心を見られる御方ですから、あなたの続けようとする意志を見ておられます。
結果は神にゆだね、その神と共に今日も歩みを続けて参りましょう。
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