今日のみ言葉【No.1721】(2018年 4月 4日)「 神の祝福を受けるための訓練(1)」

すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。
(マルコ1:18)

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2018年4月からの御言葉メールは、初級・中級・上級コースに分けて読者の皆様にお届けする考えでおります。

初級(月・木)は全くの初心者の方向けに設定しています。宗教全般の知識やキリスト教について抱く疑問にお答えする入門講座のような内容です。

中級(火・金)は、もっと聖書や信仰のことについて知りたいが、あまり難しいのは困るという方向けを想定して、マルコによる福音書を講解します。

上級(水・土)は、クリスチャンの訓練コースです。もっと成長したい、そのためなら少々の犠牲は厭わない、という方向けの道場のようなものです。

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さて、「救い」は無代価で与えられ、何の努力も犠牲も必要としませんが、「成長」のためには必要とします。

「救い」の場合、イエス・キリストを自分の罪からの救い主と信じるだけで救われ、永遠の命をいただきます。

そして、肉体の死後、天国に迎え入れられ、永遠を神と共に生きます。

ここまでは確定します。

ただし、そのままでは本当に「そのまま」です。

例えて言えば、毎年庭に咲くチューリップのようなものです。

チューリップの花が毎年咲き、本当にそのままの存在が素晴らしいことは間違いありません。

しかし、肥料を与えなければ年ごとにチューリップは小さくなっていくでしょう。

天からの雨だけに頼って水やりをしなければ萎び衰えてしまうかもしれません。

周りの雑草がはびこるのを放置しておいたら、その中に埋もれた小さな花となってしまうことでしょう。

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そのままのあなたは素晴らしいのですが、もっと素晴らしくなるためには、あるいは周囲の敵と戦っていかなければならない状況に追い込まれたら、「神の祝福を受けるための訓練」が必要となるのです。

その第1番目、基本の基本とは何でしょう?

それは、「従う」ということです。

相手の言うことに従順に聞き従い、その通りにすること。

文章ではたった1行で済みますが、実行となると相当難しいものです。

何の訓練も施されていなければ、ほぼ100%無理です。

人は自分の思い通りにしたい存在だからです。

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試しに、今日誰かに

「すいませんけど、今すぐこれを郵便ポストに投函してくれませんか?」

と言ってみて下さい。

予想される答えは、

「え、今ですか?」
「えー、私が!」
「あっ、ごめん、無理ですぅ」

でしょう。せいぜい、

「後でやっておきますからそこに置いてて下さい」

くらい言ってもらえたら御の字です。

しかし、自分のことをやっている最中のその人が、あなたから言われた途端、

「はい、わかりました」

と言って自分の仕事を中断し、郵便物を受け取り、すぐポストに向かうということが「従う」ということなのです。

キリストの弟子たちはこの従い方をしました。

「すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った」
(マルコ1:18)

自分たちの生活手段である網をその場に捨ててキリストに従って行ったのです。

ただし、これだけでは、無批判に何でも言うことを聞くことを強制するマインドコントロールまがいになってしまいます。

さらなる詳細は次回以降に続けます。

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「はい!」と言ってすぐ従う世界に目を向け、今日の一日を生きて参りましょう。

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