今日のみ言葉【No.1468】(2017年 2月 6日) 064 「カナの婚礼におけるイエスの母マリヤ」(1)

ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
(ヨハネ2:3)

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私がロサンゼルスにいた頃、現地での生活経験が豊かな方から、

「もしここで長く住むとしたら、この店から物を買いなさい」

と言われ、1ドルショップを紹介されました。日本でいう100円ショップとリサイクル店のようなところです。

旅行と生活は違う。生活するなら節約してシンプルな生き方をせよ、というアドバイスです。

そして、

「もし収入を得るために職探しをするなら、日本のようにくどくどと長い履歴書なんか書く必要はないよ。ここではたった2つだけだ」

と、次の2つのことをはっきりさせるように言われました。

(1)何ができるのか?
(2)いくら欲しいのか?

なるほど、究極はここなのだなと納得しました。

神に対する祈りもシンプルなのが良いのです。

イエスの母マリヤの訴えは率直そのものでした。

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ユダヤでは婚礼の祝宴は非常に盛大に行われました。

それは新郎新婦の新居を開放して、数日から一週間に及ぶこともありました。

カナの婚宴では、イエス様と弟子たちも招待されていましたが、母マリヤは

「イエスの母がそこにいた。」
(ヨハネ2:1)

と書かれていますから、既にその祝宴にいたことがわかります。

また、この直後にしもべたちに命じて大きな石の水瓶6つに水をなみなみと満たすように命じているところを見ると、客として招待されていたというより、祝宴の裏方で台所を取り仕切る責任ある立場にいたようです。

さて、その祝宴で招待客に振る舞うぶどう酒が底を尽いてしまいました。

この事実が明らかになってしまったら、新郎新婦にとって、またその家族にとって、大変な恥となることでしょう。

母マリヤは、この窮状を息子イエスに告げています。

とにかくイエス様に訴え求めたら何かしていただけるに違いない、という信仰がマリヤにはあったのです。

祈りとは自分の困っていること、欠けていることをそのまま神に告げることです。

神はご自分に向かって来る者の祈りを聞き、からし種ひと粒ほどの小さな信仰でも、それを幾倍にもして報いて下さる御方です。

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まず自分自身に問うてみましょう。

(1)何に困っているのか?
(2)どうして欲しいのか?

神は、私たちが考えている以上の方法でもって祈りに答えられる方であることを、これから知ることになるでしょう。

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