今日のみ言葉【No.1389】(2016年10月18日) 036 「マルタとマリヤ」(2)

マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
(ルカ10:41)

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ハーバード大学の社会心理学教授、ダニエル・ギルバート氏は、次のような興味深い報告をしています。

彼の研究チームが、地域の高齢者介護施設の入所者に観葉植物を配りました。

半数の入所者には「自分で植物の手入れと水やりをして下さい」と伝えます。

つまり、自分でその植物をコントロールできる環境ということです。

もう半分の入所者には、職員が植物を世話すると伝えます。

つまり、あちら側が高コントロール群で、こちら側は低コントロール群というわけです。

6ヶ月後、後者では30%の入所者が亡くなっていたのに対して、前者ではその半分の15%でした。

教授はこの結果を踏まえてこう言います。

「人間はコントロールへの情熱を持ってこの世に生まれ、持ったままこの世から去っていく」

ルカ10章でのマルタはまさにこの生き方をしていた人物で、イエス様は彼女をコントロールなさらずに、自分で自分の生き方を決めるように導いておられます。

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「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」
(ルカ10:40)

マリヤに手伝いをするように言って下さいと、イエス様に要求しているマルタの態度です。

これは、人間が神に向かって、自分の思い通りにしてくれるように指図したり、自分の願望を聞いてくれる神を求める態度の現れです。

全てをコントロールしたいと思う私たち人間は、マルタと同じように、自分の計画や都合のために、また自分の満足を得るために、

「言うことを聞いてくれる神」

を求めていることはないでしょうか。

 
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41節で、イエス様はマルタを責めるでもなく、また、支配し返すでもなく、彼女のありのままの姿を受けとめ、それを示して下さいました。

「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。」
(ルカ10:41)

マルタが自分の本当の姿に気づくため、そして、自分から悔い改めていくためです。

悔い改めとは、叱られてしぶしぶ自分の行動を変えさせられる、ということではありません。

自分の生き方を自分でコントロールして変えていく、ということです。

ここに、私たちを一人の人間として尊敬し、人格的に取り扱われる神の愛があらわされています。

そしてこのキリストの関わりこそが、私たち一人ひとりに命を与えるのです。

 
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ルカ10章41節の今日の聖句の「マルタ」という所に、自分の名前を入れて、自分に語り聞かせてみましょう。

それが、今日あなたに語られるイエス・キリストからの言葉です。

神の命を味わう今日でありますように…。

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