今日のみ言葉【No.1386】(2016年10月14日) 035 「重い皮膚病にかかった十人の人」(2)
イエスは彼らをごらんになって、「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」と言われた。そして、行く途中で彼らはきよめられた。
(ルカ17:14)
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目標設定。
私の大嫌いな言葉の一つです。
挫折することは間違いないからです。
人事コンサルタントの佐藤耕一氏によると、目標を設定して行動を変えられる人は100人に3人いるかいないかだそうです。
目標達成のプロからの言葉には大きな慰めを感じます。
「目標を設定し、行動を変え、達成する」とよく言われますが、それを実行に移し、やり抜けるのは天才型の一部の人たちだけ。
これが真実なのです。
では普通の平凡な人はどうかといえば、まず間違いなく「ぬるま湯」の中にいます。
一応、お湯には浸かっていますが、徐々に冷えてきていて、このままだと風邪を引いてしまいそう。
しかし、お湯から上がるともっと寒いので、それはイヤ。仕方なく現状維持で居続ける…。
つまり、今がそれなりに安定しているのですから、わざわざ目標を設定して、そのために自分の行動を変えることなどするはずがありません。
結果として目標設定は空しく終わり、あとには挫折感だけが残ります。
ですから、凡人が目標を達成するには、追い込まれなければならないのです。
その立場に置かれたのが、この重い皮膚病の十人でした。
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今しかない!
彼らは遠く離れたところから声を張り上げて叫びました。
「イエスさま、わたしたちをあわれんでください」
(ルカ17:13)
するとイエス様は、癒しを求めてきた人たちに対して、
「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」
(ルカ17:14)
と言われました。
注目すべき点は、この段階ではまだ彼らの病は癒されていなかったということです。
律法によれば、重い皮膚病(らい病)が治った場合は、神殿の祭司に見せ、祭司に確認といけにえをささげることを8日間にわたって行い、8日目に「きよめ」の宣言をしてもらって初めて、隔離から解放され、宗教生活・社会生活に戻ることが許されました(レビ記第14章)。
彼らは、その病がまだ癒されず、症状が残っていたにもかかわらず、祭司のところに行く決心をし、行動に移しました。
そして
「行く途中で彼らはきよめられた」
(ルカ17:14)
という神の奇跡を体験します。
ここに信仰と癒しの関係があります。
現段階ではまだ病気が治っていないという現実がありながらも、癒されたと信じる信仰によって、信じたとおりになるのです。
追い込まれて、彼らは大きな山を一息に越えてしまったのです。
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もう一山、大きな山がありました。
それは祭司と会うということです。
実は祭司は、かつて彼らを住み慣れた場所から追放した人なのです。
いくら役目とは言え、その人ともう一度会うことに抵抗はなかったでしょうか?
追い込まれて目標設定をした人には「勢い」というものがついています。
彼らはイエス様の言葉を最高の保証と信じ、「治る。もう一度あの生活に戻れる」という夢に向かって突き進み、様々な否定的感情を振り払ってしまいました。
イエス様という存在と出会ったことは、知らぬ間に彼らの中に蓄積されていた「心のガソリン」に火をつけました。
キリストとの出会いは、埋めてしまいたい過去の全てを、地中に眠る原油に変え、あなたの内からあふれ出させるのです。
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追い込まれて神に叫びを上げても、一歩も進めない時があります。
それはあなたの内に神が素晴らしいものを貯えておられる時です。
心のガソリンに火をつけて下さるのはイエス様です。
その時まで、大事に、今日の一日を過ごして参りましょう。
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