今日のみ言葉【No.4031】(2026年10月21日)「聖別の呼びかけ」
わたしはあなたがたの神、主であるから、あなたがたはおのれを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしは聖なる者である。
(レビ記11:44)
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私たちは子供の頃、「好き嫌いをせず、何でも食べなさい」と教わります。
日本人は、死に至る毒を持つ「ふぐ」でさえ工夫して食べようとするくらい、何でも食べる国民です。
ところが、旧約聖書のレビ記では、食用にできるものと、できないものの区別が厳密にされています。
たとえば、豚は汚れた動物に分類されているので、旧約の規定を厳格に守るユダヤ人が日本に来ても、とんかつは食べられませんし、豚骨ラーメンもご法度です。
レビ記に記されている表面的な規定の奥にある、神の深い御心を、ご一緒に尋ねてみましょう。
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レビ記11章には、どの動物がきよく、どの動物が汚れていて食べてはならないかが、詳細に記されています。
科学が発達した現代に生きる私たちは、衛生面からその理由を探ろうとします。
しかし、神の御心は44節に表されています。
「わたしはあなたがたの神、主であるから、あなたがたはおのれを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしは聖なる者である」
(レビ記11:44)
なぜ神は、イスラエルの民にこのような細かい区別を課されたのでしょうか。
それは単に、彼らの健康管理に配慮してのことではありません。
最大の目的は、日常生活の最も具体的な行動である「食べる」という営みを通して、イスラエルの民が「聖なる神に属する民」であることを自覚し続けるためでした。
神は、日々の食事の場を、神を思い起こす聖別の場としてくださったのです。
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今日の聖句は、聖なる神に属する者として、日々の生活を神の御心に沿って整えていくよう、私たちに呼びかけています。
けれども、聖なる生活とは、決して失敗しない完全な人間になることではありません。
新約の時代に生きる私たちには、イエス・キリストの十字架による罪の赦しが、すでに与えられています。
ですから、その赦しに支えられながら、自分の弱さを認め、心と言葉、行いを振り返り、神の助けを求めて歩み続けること。
それが新約時代のキリストにある生き方なのです。
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神の聖さを見つめ、神の恵みに感謝しながら、日々の生活の中で神に喜ばれる生き方を求めて歩んでいきましょう。
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