今日のみ言葉【No.3994】(2026年 9月 3日)「神の栄光が満ちる人生(2)」

すなわちイスラエルの家のすべての者の前に、昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。彼らの旅路において常にそうであった。
(出エジプト記40:38)

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出エジプト記の最後は、神の臨在がある人生とはどういうものかを語っています。

「すなわちイスラエルの家のすべての者の前に、昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。彼らの旅路において常にそうであった」
(出エジプト記40:38)

雲と火とは、神の臨在を表す表現です。

人が心の中に「神と出会うための幕屋」を設けるとき、神が常にその人を保護し、かつ導かれることを示しています。

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ただし、注意すべきことがあります。

それは38節の直前の37節に、こうあることです。

「しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった」
(出エジプト記40:37)

イスラエルの民は、自分たちの行きたい方向に雲を誘導しようとすることはなかったのです。

「そんなの当たり前でしょう。人間が空の雲を動かせるはずはない」

と、あなたはお思いですか?

人は意外とこれをやっているものです。

それは、祈りで神を動かそうとすることです。

もちろん、

「あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい」
(ピリピ4:6)

とありますから、あなたの願いや求めを神に祈って良いのです。

しかし、時に私たちは雲に向かって、

「雲よ、あっちへ行け。私の思う通りに動け」

と手で扇ぐような振る舞いを、祈りの中でしているものです。

これでは

「昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった」
(出エジプト記40:38)

という

「主の臨在の中で生きる」

ということではなくなります。

イスラエルの民が雲の動きを第一とし、自分たちがそれに従ったように、私たちは自分の願いを神に祈りこそすれ、

「私の思う通りに、神よ動け!」

と要求することは慎まなければならないのです。

むしろ、私たちの方が神の御心のままに動くことが、主の臨在の中を歩む人生となるのです。

「神様、行きたい方向ではありませんが、ここまで私はやりました。どうぞこの後は導いて下さい」

「これは人のため、神様のために喜ばれることだと思いますので、そう信じてこちらの方向で進ませていただきます。もしも間違った方向に入っているとしたら、すみやかにお知らせ下さい」

と祈りながら進む人生が、聖霊に導かれやすくなる人生となるのです。

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ある方が旅行を計画し、楽しみにしていましたが、様々な都合でそれがキャンセルとなってしまいました。

旅行代金は戻ってきましたが、「神様なぜですか」と祈る日々が続きました。

ちょうどその頃、この御言葉メールが書籍として出版される計画が持ち上がりました。

「ああ、神様、このためだったのですね」

と、その方は喜んで、出版のための献金として捧げてくださいました。

神様は時に災いと思えるような出来事を通して、一緒におられることを表して下さいます。

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心の中に幕屋を作り、神が共におられ、栄光を現して下さる人生を、共に歩んでまいりましょう。

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