今日のみ言葉【No.696】(2013年11月14日)

彼らは会見の幕屋の前で歌をもって仕えた
(歴代志上6:32)

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キリスト教式結婚式のチャペルウェディングが爆発的に広まったのは今から20年ほど前の90年代後半からです。

その当時、街の一等地に数億円の資金を投入してチャペルを建設するプロジェクトの中心人物にお話を伺ったことがありました。

「なぜクリスチャンでもない人々がキリスト教式結婚式を挙げるのでしょう?」という私の質問に対し、

「新幹線や航空機などの高速交通網が日本中に整備されたことが大きな理由です」

という意外な答えが返ってきました。

「つまり、遠距離恋愛ですよ」

と、ニコリと笑ってその方は付け加えられました。

それまでの結婚相手はほとんど同じ地域の相手で、結婚式にはその地域独自の「しきたり」なるものがあったそうです。

しかし、たとえば山形と神戸の人が結婚するとなると、双方のしきたりややり方を主張していたら、まとまるものもまとまりません。

そこで、中立的な結婚式が望まれだしました。

落ち着くところは全く新しいキリスト教式チャペルウェディングだった、というわけです。

お陰様で、「いつくしみ深き」などの讃美歌が日本人の間にすんなりと受け入れられ、神の深いご計画があるのだと私は感じます。

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今日の聖句は、現代のチャペルウェディングに欠かせない聖歌隊が古代イスラエルにもあったことを示しています。

神の言葉を語ることも、祈りを捧げることも、そして賛美をすることも、みな神の前では等しく尊いことなのです。

神は人間一人一人に才能を与えておられます。

音楽の才能が与えられている人は、その天からのギフトを生かし、磨きをかけ、神のために大いに用いられていくことが御心です。

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ただし、この才能(タレント)の語源となったタラントのたとえ話を読むと、

「それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて」
(マタイ25:15)

とあります。

才能には生まれつきの差異があるのです。

聖書は、人間は不平等に造られていますよ、能力には差がありますよ、と語っているのです。

しかし、神は人間が自分に与えられた才能を100%生かすことを望んでおられます。

その証拠に、タラントのたとえ話を読んでいくと、5タラント与えられた者は5タラント、2タラント与えられた者は2タラントもうけましたが、金額にかかわらず、同じほめ言葉をいただいています。

「良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」
(マタイ25:21)

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ところで、1タラントのしもべは主人の怒りを買いました。

彼は預かった1タラントを地面に埋めて隠し、なくさないようにしたからです。

自分に与えられた才能を生かそうとしなかったのです。

もしかしたら、他の二人が自分と比べてあまりにも多くの才能が与えられていたので、最初から勝負にならないと思って嘆いてしまったのかも知れません。

しかし、主人である神は、どんなに私たちのできることが小さく、他の人と比較したらみすぼらしくて見せることもできないものであったとしても、

「私が与えた才能を生かしなさい」

と語っておられるのです。

チャンスはいつ巡ってくるか分かりません。

その時のために、神が自分に与えた才能を燃やし続け、暖め続け、どこかで用いられる日のために訓練を怠らないことです。

神に仕えることができる日が来ることを信じて今日も自分自身を磨いて参りましょう。

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