今日のみ言葉【No.1188】(2015年12月 2日)
わたしはあなたを立てて、イスラエルの家を見守る者とする。
(エゼキエル33:7)
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実は、御言葉メールを本にするために、今、ラッシュをかけているところです。
原稿を完成させる作業から逃げられなくするために、家中のあちこちにパソコンを置いて、仕事をせざるを得ない状況に自分を追い込んでおります。
そのために、現役を退いて廃棄寸前のXPのノートパソコン3台を譲っていただき、余分な機能は全てそぎ落とし、のっそりもっさりからバリバリサクサクの身軽なマシンになって復活してもらっています。
「お前らが復活したおかげで、俺の仕事も進むぜぃ!」
とパソコンたちに声をかけ、自分を鼓舞して、今日も私は原稿書きに勤しみます。
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エゼキエル書第33章からは回復の預言が始まります。
エルサレムに残った民が国を復興するのではなく、バビロンに補囚され、捨てられたはずの民がそこで悔い改め、新たなる神の民として育てられ、彼らがイスラエルという国を復興するという神のご計画が明らかにされたのです。
しかし当時、補囚されていた人々に蔓延していた雰囲気は、先祖の罪のせいでこうなったのだから、我々にはどうしようもない、我々には責任がない、というものでした。
しかし、エゼキエルが神から預かったメッセージは、個人の罪は個人の責任であり、親のせいで自分の人生が決まるのではない、ということでした。
あくまでも神の御前にその人が立ち、その人の決心次第で人生はいかようにも変わる、ということです。
エゼキエルは私たちに、「神は人間と個人的関係を結ばれる」という画期的な神の真理を明らかにしてくれたのです。
「そのことを告げよ。告げるまでがお前の責任。それから先、どう選択するかは聞いた者の責任。そこにお前の責任はない。あなたはあなたの責任を果たしなさい。」
と神はエゼキエルに見張り人としての役目を果たすことを求められました。
「わたしはあなたを立てて、イスラエルの家を見守る者とする。」
(エゼキエル33:7)
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私は50歳の時に重症の睡眠時無呼吸症候群であることが分かりました。
その結果を受けて、医師は私にこう告げました。
「このまま何もしなければ、10年後の生存確率は50%です。」
そして、今後の治療方法のいくつかを説明され、
「どうなさいますか?」
と問われました。
私ははっきりと真実を教えて下さった医師に感謝し、CPAPという呼吸機器での治療を選びました。
もちろん毎月お金はかかりますし、これから一生これを付けて寝ることになります。
あれから5年たち、大分健康が回復したことを実感しています。
真実を告げて下さった医師のおかげと、私の選択の結果です。
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「今が告げるべき時だ」と神が示されたら、神の真理を語らなければならないのです。
もちろん、ぶっきらぼうではなく、丁寧に配慮をもって語った方が良いでしょう。
福音を伝え、愛をもって語るべきことを語ったら、その先はその人と神様との問題。
主にお任せしましょう。
そして、最善へと導かれることを祈ることが、それから先、私達が祈る課題です。
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あなたならではの福音の語り方を神は求めておられます。
平安をもって語る一日として参りましょう。
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