今日のみ言葉【No.3965】(2026年 7月24日)「弟子たちは試される(3)」
シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」。
(ルカ22:33)
——————
打った瞬間に「ホームランだ」と確信し、バットを放り投げてゆっくり歩き出す…。
野球界では、これを「確信歩き」と呼びます。
ところが、打球の伸びが足りずにフェンス手前で失速するケースも少なくありません。
全力で走っていれば二塁打になったはずが、油断してゆっくり走ったために一塁止まりになったり、慌てて二塁を狙ってタッチアウトになったり…。
結果として、ベンチの空気を悪くする様子が時々見受けられます。
ペテロもこの「確信歩き」と似た失敗をしたと言えるでしょう。
-*-*-*-*-*-*-
今日の聖書箇所では、「シモンが言った」とありますので、これはまだ古い性質を引きずったペテロが言った言葉です。
彼はその前の
「しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」
(ルカ22:32)
というイエス様の言葉に対して、
「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」
(ルカ22:33)
と、随分勇ましい返答をしたのでした。
しかしこれは、自分の無力さを全く分かっていない、自信過剰から出た言葉でした。
なぜなら、これは暗に
「イエス様、あなたの祈りは必要ありません」
と告げているのに等しいからです。
厳しく言えば、ペテロはイエス様の祈りを拒絶したのです。
この部分がペテロの霊的盲目さの核心となります。
もし彼が、自分の弱さや限界を本当に理解していたのなら、イエス様の言葉を聞いた時に、
「私のために祈ってくださるのですか。ありがとうございます。あなたの祈りがなければ、私は一歩も前に進むことができません」
と感謝して言うはずなのです。
しかし、ペテロは自分の本当の姿がまだわかっていません。
それで、
「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」
(ルカ22:33)
と大見得を切ってしまったのです。
-*-*-*-*-*-*-
ペテロの姿は私たちの姿と重なる部分があります。
「神様、あなたなしでは私は何もできません」
という思いを持ち、謙遜な歩みを今日も進めて参りましょう。
-*-*-*-*-*-*-
-*-*-*-*-*-*-
□ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ □
■メールマガジン「今日のみ言葉」
■発行責任者:山形ジョイフルチャーチ 丸山芳浩
■過去の御言葉メールのすべては、以下のリンクからお読みいただけます。
mikotoba.org
■ご意見ご感想は、 maruyama@mikotoba.org までどうぞ
■YouTube 丸山芳浩師 メッセージチャンネル
www.youtube.com/@joymaru
■御言葉メールのお申し込みをご希望の方は、メールの題名に「登録希望」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。
■御言葉メールの配信停止をご希望の方は、メールの題名に「配信停止」と明記の上、
maruyama@mikotoba.org
まで送信してください。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません