今日のみ言葉【No.2863】(2022年 7月26日)「長血の女の癒やしとヤイロの娘のよみがえり(4)」

しかしイエスは言われた、「だれかがわたしにさわった。力がわたしから出て行ったのを感じたのだ」。
(ルカ8:46)

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「『これが最悪だ』などといえるうちは、まだ最悪ではない」

シェイクスピアの『リア王』の中の言葉です。

最悪だ、などと言えるうちはまだ余裕があるということで、本当に最悪の事態に陥れば、人は言葉を失い、沈黙してしまうものです。

聖書に出てくる長血の女は、自分の現状を最悪とは思わず、イエス様に希望を託して「み衣のふさ」にさわりました。

しかし、彼女は正面から行ったのではなく、うしろから、自分を隠して行いました。

イエス様は彼女の存在を明らかにしようとなさいました。

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「この女がうしろから近寄ってみ衣のふさにさわったところ、その長血がたちまち止まってしまった」
(ルカ8:44)

彼女は一瞬にして癒やされました。

するとイエス様は

「わたしにさわったのは、だれか」
(ルカ8:45)

と言われました。

弟子たちは「そんなのわかるわけないでしょう」と言わんばかりの調子でこう言いました。

「ごらんのとおり、群衆があなたに押し迫っていますのに、だれがさわったかと、おっしゃるのですか」
(マルコ5:31)

弟子の代表格のペテロは、少し丁寧にこう言います。

「先生、群衆があなたを取り囲んで、ひしめき合っているのです」
(ルカ8:45)

しかし、イエス様は

「だれかがわたしにさわった。力がわたしから出て行ったのを感じたのだ」
(ルカ8:46)

と言って譲りません。

そしてなおも、

「イエスはさわった者を見つけようとして、見まわしておられた」
(マルコ5:32)

と探し続けられました。

この「見まわしておられた」という語は未完了形が使われていますから、ずっと見まわしておられたということで、一人一人の顔を見て、目を合わせながら探しておられる様子が伺えます。

イエス様にとって、さわった者を見つけることはとても重要なことだったのです。

なぜでしょう?

以下、次回に続きます。

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イエス様はあなたの存在を見出し、共にいようとなされるお方です。

正面からキリストに出会う今日として参りましょう。

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