今日のみ言葉【No.1682】(2018年 1月12日)「 初めの一歩」

新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。
(ルカ5:38)

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大晦日の夜、親戚のいとこたちも集まり、一家団欒でNHKの紅白歌合戦を見る昭和的風景。

すると突然、おばあちゃんがこう叫びました。

「これは私の知ってる紅白歌合戦ではない!」

無理もありません。知らない歌手ばかりの上に、アルファベットの名前がズラリと並んでいるのですから…。

おばあちゃん同様、私たちも慣れ親しんだ方に帰る傾向があります。

キリスト教会の初期にもこの復帰運動がありました。

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新約聖書中のガラテヤ、ローマの教会に宛てられた手紙や、旧約聖書の伝統を持つユダヤ系クリスチャン向けに書かれたヘブル人への手紙を見ると、このことがよくわかります。

今週3日間で取り上げた

(1)当時の人生哲学
(2)人間のプライド
(3)無料のものはないという経験

この3つが、新しい善き知らせを受け入れた人たちを過去の古い方向に戻そうと働きました。

しかし、

「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」
(ルカ5:38)

なのです。

その理由を聖書はこう語ります。

「まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、新しいぶどう酒は皮袋をはり裂き、そしてぶどう酒は流れ出るし、皮袋もむだになるであろう」
(ルカ5:37)

幾度となく古い習慣に戻ります。

しかし、その度毎に古い方向に戻らず、新しい方向へと向きを定めて進むこと。

クリスチャン生涯とはこの方向転換の繰り返しです。

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新しい方向に進むとは、新しい考え方を身に付ける訓練の日々となります。

ある時、

「片思いのうちはいいのですが、相手が私の方を向くと急に冷めてしまうのはなぜですか?」

という問いを受けたことがあります。

彼女の話を聞かせていただくと、スポーツ特待生のお姉さんがいらっしゃり、ご両親がそちらの方に掛かり切りとなっていたことがわかりました。

上の娘さんのお世話で親の時間も関心も大量に持って行かれ、自分に注がれるはずの愛情が乏しい状況が日常化し、それが妹さんの

「当たり前」
「標準状態」

となってしまったようです。

つまり、

「あの人いいなあ、でも手が届かないなあ」

という男性がいる状態は、彼女が昔から慣れ親しんでいた状態だったのです。

ところが、その彼が彼女の視線に気づき、好意を寄せてくると、

「そんなはずはない」

という違和感が生じ、急に熱が冷めてしまうというからくりだったのです。

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私はその方に、

「あなたは愛されていていいんですよ。今までは誰もあなたにそう言ってくれなかった。でも、今日からは自分で自分に『私は愛されていい』と言ってみてはどうでしょうか」

と提案してみました。

するとどうでしょう、彼女はその場で

「私は愛されていい」

とは一度も言えず、涙に詰まって何も言えなくなる時間がしばらく続きました。

それだけ嬉しい言葉であり、また、非常な違和感との戦いの時間だったのです。

彼女のこれからの人生は、古い自分との戦いであり、「私は愛されていい」という神のメッセージを自分に言い聞かせ、神との正しい関係の中で神が本来意図していた正しい自分の姿へと成長する時間となりました。

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「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れる」という人生は今日から始められます。

しかしこの妹さんのように、始めようと思っても一歩も動けないのが初日なのです。

思いだけある状態で何も変わらない…。

神はそれをあなたの「初めの一歩」として喜んでくださいます。

焦らず、あきらめず、神の与える訓練を続けて参りましょう。

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