今日のみ言葉【No.1611】(2017年 9月27日)「 すべての階のボタンは押されている」
こうして、祭司が彼らのためにあがないをするならば、彼らはゆるされるであろう。
(レビ記4:20)
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緊急地震速報が鳴ったら、まずすることは何でしょう?
家にいたら、火を消す、頑丈なテーブルの下に移動する等のことが思い浮かぶでしょう。
ではエレベーターの中にいたらどうでしょう?
防災専門家の答は「すべての階のボタンを押す」です。
するとエレベーターは最寄りの階で止まってドアが開くので、閉じ込められるという事態を防ぎます。
この「すべての階のボタンを押す」ことがイスラエルにとっては贖罪のわざでした。
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「祝福の基となるぞ!」と決心して進む時、それを妨げるものが2つあります。
人間の弱さと罪です。
人間は不完全ですから、どうしてもその行動は失敗や過失を生みます。
また、悪は現実に存在し、サタンは人間を陥れようと企んでいます。
旧約聖書中のイスラエルも、神に選ばれた契約の民とは言え、同じ状況にありました。
つまり、弱さを持ち、悪から逃げるすべを持っていなかったのです。
彼らが行動すればするほど失敗は増え、罪が増します。
「こうなるなら、あんなことをしなければ良かった…」
「知らなかったとは言え、申し訳ないことをした…」
罪は罪責感を生み出し、人はその重荷を背負うことで精一杯となるので、他人の重荷を背負うことや祝福になることには思いが及ばなくなります。
エレベーターの中に閉じ込められたようになったイスラエルは、神の祝福を他者に及ぼす機能が停止したままになってしまいました。
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そこで神は「贖罪(しょくざい)」というわざを通して罪の赦しを授け、イスラエルを自由な身としました。
それは牛や羊等の動物のいけにえを捧げ、その命でもって罪が贖(あがな)われたとすることです。
「こうして、祭司が彼らのためにあがないをするならば、彼らはゆるされるであろう」
(レビ記4:20)
贖罪によってイスラエルは罪責感から解放され、再び祝福の基となる道を歩み出すことができるように神はして下さいました。
ただしこれはあくまで道徳的違反や過失の罪に対して当てはまるのであって、故意の罪に対しては適用されません。
動物のいけにえでは不完全だからです。
故意の罪まで全て赦される恵みのわざが達成されるためには、神の子の命という完全な犠牲が捧げられる必要がありました。
私たちはそれがすでに成された恵みの時代に生きています。
キリストの十字架が自分の罪の身代わりの死であり、そのことによって救われると信じるなら、罪の赦しが与えられ、永遠の命が得られるのです。
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このことがはっきりと示されているのがルカによる福音書第23章39節〜43節です。
キリストの両脇に十字架につけられた二人の重罪人がいました。
彼らは過失でなく故意の罪で刑に処せられ、そのことは本人も確かに認めています。
一人はキリストを罵り続け、悔い改めることはありませんでしたが、もう一人は
「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」
(ルカ23:42)
と、イエス様が救い主であると考えを方向転換し、つまり悔い改めたのです。
その重罪人に対してキリストはこう語られました。
「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」
(ルカ23:43)
これこそ完全な罪の赦しを表した神の言葉に他なりません。
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あなたはもはや自分を責めたり、せめてもの罪滅ぼしをしたりとの事をする必要がありません。
神の完全ないけにえが捧げられたからです。
すべての階のボタンは押され、あなたの人生のドアは開かれています。
神の約束を信じ、大胆にかつ謙遜に、祝福の基となる今日の一日を生きて参りましょう。
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