今日のみ言葉【No.1358】(2016年 8月26日) 026 「イエスの郷里ナザレの人々」(1)

「この人は、これらのことをどこで習ってきたのか。また、この人の授かった知恵はどうだろう。このような力あるわざがその手で行われているのは、どうしてか。」
(マルコ6:2)

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福島県猪苗代湖のほとりの野口英世記念館に行った時のことです。

英世が手に大火傷を負った囲炉裏(意外と小さい)や、彼が自分の決心を刻んだ床柱などを見学しましたが、土間に続く家畜小屋、そして厠を見た時にはムワッとした臭いが襲ってくるような生活感を感じました。

同じ村の人々にとって、自分たちと同じ生活環境で育った野口英世が、後に洗礼を受け、伝染病の研究でノーベル賞候補に挙がるほどの偉人となるとは考えもつかなかったことでしょう。

彼らにとってはあくまで「野口さんちの清作ちゃん」なのです。

イエス様の郷里ナザレの村でも、イエス様は神の子救い主とは見られず、「ヨセフさんとこのイエスちゃん」でした。

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郷里のナザレは、イエス様が幼い時から公生涯に入るまで過ごされた村です。

その会堂でなされた力ある業や、素晴らしい教えに人々は驚嘆しました。

しかし、この人こそ旧約聖書で約束され、民がずっと待っていた救い主(メシヤ)であるという結論には達せず、むしろ人々はイエス様につまづきました。

その原因は、ナザレの人々が、イエス様の公生涯以前の職業や家族のことを引き合いに出して見ていたからです。

私たちの中にはどうしても「先入観」というものが入っています。

それが正しくものを見ることを妨げていることが往々にしてあるのです。

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先入観を打破し、正しい道をたどることができる方法の一つは、信頼できる人の言葉に「はい」と従うことです。

たとえば、私の小学生時代、プールの中で目を開くことはできないと思っていました。

何か大変なことが起こって目が見えなくなる、と、根拠のない恐れを持っていたのです。

しかし仲の良い友達らが

「なーんてことない、へっちゃらだ。水の中でも目が見える。やってみろ」

と言うので、恐る恐る目を開けてみたら、ちゃんと水の中でも見えて、感動した思い出があります。

自分ではどうしてもそう思えない。

しかし、嘘をつくことのない真実な人が言っていることを信頼してその通りに行なってみる。

これがイエス・キリストと出会うための一つの鍵となります。

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信頼する人の言葉に「はい」と従い、一歩踏み出す一日となりますように…。

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