今日のみ言葉【No.986】(2015年 2月21日)
なまけ者よ、ありのところへ行き、そのすることを見て、知恵を得よ。
(箴言6:6)
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私は教会へ行き始めてしばらくしてから、生まれて初めてアルバイトで得たお金で聖書を買い求めました。
私としては記念という意味と、牧師の前で「善良なる人間としての私」という良い格好を見せたかったのです。
牧師がその時最初に示してくれたのが今日の聖句です。
よほど怠け者に見えたのでしょう。自分でもそう思います。
イソップ童話にアリとキリギリスの話がありますが、あのキリギリスのように、明日のことも考えず、毎日何か楽しいことはないかと暮らしていたからです。
二十過ぎのあの頃の私は、前途に確かな希望など見えず、空しさ感じないよう、心の隙間を少しでも埋めるようにして享楽に耽っていたのでした。
救われた平安も目標も無い時代、そのように生きていたことを思い起こします。
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アリから学べ、ということは、何も考えず言われた通り馬車馬のように働き抜け、ということではないようです。
そんなことをしたら、労働基準法を守らないいわゆるブラック企業の餌食になってしまうのではないでしょうか。
「夏のうちに食物をそなえ、刈入れの時に、かてを集める。」
(箴言6:8)
箴言の記者が言うのは、「夏」「刈入れの時」、すなわち自分を訓練できる時に自己訓練をしなさいということです。
ある調査によると、人間は17歳が記憶力のピークだそうです。ですからこの時しかできない勉強をするのです。
若い時に体を鍛えれば人生の長い期間、健康を土台としてその恩恵に預かることが出来るでしょう。
年を経ても、自分の心を訓練するチャンスはいくらでも訪れます。
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ただし、訓練はつらいものです。
「しばらく眠り、しばらくまどろみ、手をこまぬいて、またしばらく休む」
(箴言6:10)
まるで私の生活がそのまま描かれているようです。
しかし、その結果もきちんと聖書は伝えています。
「それゆえ、貧しさは盗びとのようにあなたに来り、乏しさは、つわもののようにあなたに来る。」
(箴言6:11)
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分かっていてもできないのが罪人の姿です。
この私達を救うために、イエス・キリストはこの世に来られました。
この救い主と共に歩む時、私達は目標を持たないで虚しく過ごす怠け者人生から、働き者のアリの人生へと変えられます。
「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」
(第1コリント15:58)
イエスの名によって父なる神に祈るとき、私達は神の導きを受けます。
そしてその「労苦がむだになることはない」という約束まで与えられています。
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私達が何度挫折し、あきらめても、神は導きの手を差し伸べることをやめません。
この救い主と共に今日も自分を訓練する道を歩んで参りましょう。
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