今日のみ言葉【No.832】(2014年 5月27日)
わたしに求めよ
(詩篇2:8)
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暴漢に襲われたAKB48のお二人が退院なさいました。
NHKのニュースによると、「ご心配おかけしました」と報道陣に頭を下げ、帰りの途についたそうです。
期待を裏切らないアイドルとしてきちんと訓練されていると感じます。
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詩篇第2篇は王の戴冠式・即位式の時に読まれたものです。
王は油を頭に注がれて王として認められます。
それから先は、24時間、王として生きることが要求されます。
つまり、王でない振る舞いはそれ以降原則的にできないことになるのです。
これはクリスチャンにも当てはまります。
何の資格も業績もないのに、イエス・キリストを救い主と信じるだけで救われ、それ以降は
「神の子」
として扱われます。
つまり、クリスチャンになった瞬間から、24時間、神の子として生きることが要求されるのです。
これは王同様、相当大変なことなのではないでしょうか?
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ですから神は
「わたしに求めよ」
(詩篇2:8)
と教えておられるのです。
神は、求めてくるなら、
「もろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える」
(詩篇2:8)
ほどのお方だからです。
この地上で神の子として生きるためには、その都度、神に求め、導きを請いながら生きる生き方がポイントなのです。
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「転職すべきでしょうか?聖書にそれがわかる御言葉はありませんか?」
と尋ねられたことがあります。
私は正直に
「ありません」
と答えました。
その人にとって私の答は想定外のものだったのでしょう、数秒間の沈黙の後、
「え、ないんですか?」
と言われたので、再び
「ございません」
とお答えしました。
その方は様々な人生体験を重ねたので、もう二度と失敗したくない、と強く思っていらっしゃるようでした。
それで絶対に間違わないで選択できる方法を聖書の中に探し求めておられたのです。
私はその方にこう加えてお話ししました。
「絶対に間違わないで生きることと、正しく生きることとは全くの別物です。」
「?」
「絶対に間違わないで生きている人間はいますか?」
「いません」
「その通りです。絶対に間違わないで生きる方法などありません。初めから無いものを見つけようとするから苦しくなるのです。」
「なるほど」
「自分は間違い、失敗する者だということを受け入れる。失敗するのが当たり前。その都度、神に答えを求め、正しい方向に導いていただくのが『神の前での正しい生き方』なんですよ。」
と申し上げた時、その方は別人のように明るくなられました。
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「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。」
(ヤコブ1:5)
不完全な存在のままで生かして下さる神に求め、導きを得ていく一日として参りましょう。
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