今日のみ言葉【No.802】(2014年 4月14日)
木には望みがある。たとい切られてもまた芽をだし、その若枝は絶えることがない。たといその根が地の中に老い、その幹が土の中に枯れても、なお水の潤いにあえば芽をふき、若木のように枝を出す。
(ヨブ記14:7-9)
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桜の季節です。
冬の間、枯れ木のように見えたあの桜の木が、またたく間にピンク色の花びらに満たされるのは本当に見事です。
秋から冬にかけてまるで死んだように見える木の内側で、確かに命が息づき、春の満開のための備えをしていたのです。
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今日の聖句はヨブ記の中でキラリと光る聖句です。
イースターを前にしたこの時、木の中に復活の望みが見える個所です。
しかし、この後すぐ、旧約の限界が記されています。
「しかし人は死ねば消えうせる。息が絶えれば、どこにおるか。」
(ヨブ記14:10)
今生きているこの世が全てで、死んだら終わり。
とすれば、生きている間に楽しい思いをするかどうかで人生の価値が決まってしまいます。
ヨブのように天災に遭い、原因不明の腫れ物という病を得た人生とは、
「ただおのが身に痛みを覚え、おのれのために嘆くのみ」
(ヨブ記14:22)
という告白が全てになってしまいます。
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しかし聖書は、キリストの復活を通して、どんな人生にも望みがあることを示しています。
「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。」
(ヨハネ11:25)
「キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。」
(第2テモテ1:10)
人生は肉体の死で終わるのではなく、死の向こう側に永遠の世界があり、キリストを信じる者には永遠の命が約束されています。
この福音を信じる決心をした者にとって、
「この世を生きる」
ということに全く新しい意味が与えられます。
この世が全てという価値観から、永遠の世界のために今を生きる、という価値観に変わるのです。
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かつてフジテレビに国際派キャスターとして活躍された山川千秋さんがおられました。
彼は働き盛りの55歳、食道ガンであることが告知され、約半年の闘病後、1988年に亡くなられます。
受験戦争を勝ち抜き、華やかなテレビ界で活躍していたのに、なんともあっけなく人生が終わってしまったように思えます。
しかし、奥様はクリスチャンでした。
ガンの告知後、彼女は夫である山川さんを支え、妻を通して山川さんはキリスト教の信仰を持ちました。
そして最後には感謝の言葉を残してこの世から永遠の世界へと旅立たれたのです。
そのいきさつは、彼の死後、1冊の本として出版され、人々の感動を呼びました。
書名は
『死は「終り」ではない』
です。
キリストの復活を信じる人生とは、まさにこの書名の一句に尽きるのではないでしょうか。
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永遠のために今を生きる。
イースターを前にしたこの時期、復活の人生に思いを馳せ、今日の一日を生きて参りましょう。
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