今日のみ言葉【No.1896】(2018年12月 6日)「 聖化(4)」
ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。
(ピリピ3:13-14)
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信仰を持てば立派な人間になるのでしょうか?
私に直接尋ねる人がいれば、こう答えます。
「いや、ちょっと、まだそれは…。勘弁して下さい!」
瞬間的になるのが位置的聖化ですが、人は段々キリストに似た者へと変化し、成長していきます。
これを漸進的聖化(ぜんしんてきせいか)と言います。
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位置的聖化については神の側において完成して下さった事柄ですから、「成長」の概念はありません。
漸進的聖化においては、信じる者の中に内住し、時事刻々働いて下さる聖霊によって変えられ、クリスチャンは成長させていただけます。
この場合、神は私たち信じる者にもきよくなるように努めよと言われ、救いを達成せよと求められます。
「ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである」
(ピリピ3:13-14)
まとめると、こういうことです。
(1)神の側で完全な救いを用意した(キリストの十字架と復活)
(2)キリストを信じた瞬間に神の子とみなされる(位置的聖化)
(3)人間の側のあなたの方でもその救いの完成を目指して生きるようにしなさい(漸進的聖化)
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以上のことをたとえて言えば、豪華ホテルで催されるバイキング料理のチケットをタダでもらったようなものです。
会場にあふれんばかりに配置された料理を、どこから食べても、いくら食べても構いません。
肉料理を全種類達成しようか、はたまた海鮮料理から始めるか、いや、まず体を温めるためのスープか、それとも新鮮な野菜サラダから行くか…。
あちらこちらを動きまわり、一口ずつゆっくり食べ、おいしさを味わい、そしてまた出かけていくのがバイキング料理のやり方です。
神のレストランは、テーブルに座って待っていたら料理が出てくるという所ではないのです。
座ったままで動かないだけでなく、私のように食べさせてくれるのを待っているような人を聖書では怠け者と言っています。
「なまけ者は、手を皿に入れても、それを口に持ってゆくことをしない」
(箴言19:24)
まず動いて、一口噛んで、よく味わい、ゴクンと飲み込んでみましょう。
それがやがて消化吸収され、動かないあなたを動かす力となっていくからです。
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1ミリでも、1歩でも、神の御心の方向へ成長する今日でありますように…。
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