今日のみ言葉【No.4032】(2026年10月22日)「きよめの儀式」
もしその女が小羊に手の届かないときは、山ばと二羽か、家ばとのひな二羽かを取って、一つを燔祭、一つを罪祭とし、祭司はその女のために、あがないをしなければならない。こうして女は清まるであろう』」。
(レビ記12:8)
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少子高齢化が進む現代では、赤ちゃんが生まれると、それこそ山のように贈り物が届けられ、お母さんは周囲の人たちから祝福されます。
ところが、旧約聖書のレビ記には、出産した女性が一定期間、儀式的に「汚れた」状態にあるとされる規定が記されています。
これはどういうことでしょうか?
レビ記12章は、出産した女性が受ける儀式的なきよめについて教えています。
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旧約の時代、出産に伴う出血などによって、女性は一定期間、あくまでも儀式的に「汚れた」状態にあるとされました。
そこで、定められた期間を過ごした後、祭司のもとにささげ物を携えて行き、祭司が贖いを行うことによって、きよめられるとされていたのです。
今日の聖書箇所は、
「もしその女が小羊に手の届かないとき」
(レビ記12:8)
というケースです。
つまり、捧げものとしての小羊を用意するだけの経済的な余裕がない人の場合は、ということです。
そのような人が、きよめの儀式から締め出されることがないように、神は経済的に貧しい人のために、
「山ばと二羽か、家ばとのひな二羽」
(レビ記12:8)
という別のささげものを認められたのです。
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新約聖書では、まだ幼子だったイエス・キリストを連れて、ヨセフとマリヤが神殿に上った時、レビ記の規定に従ってささげ物をしたことが記されています。
「また同じ主の律法に、『山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽』と定めてあるのに従って、犠牲をささげるためであった」
(ルカ2:24)
イエス様は、貧しさを知る家庭にお生まれになりました。
ですから、私たちの困窮も心から理解されるのです。
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私たちの弱さや貧しさ、そして自分には神の恵みを受ける資格がないと感じる人にも寄り添い、贖いを与えてくださるキリストの恵みを覚えてまいりましょう。
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