今日のみ言葉【No.3935】(2026年 6月18日)「金の子牛事件(1)」

民はモーセが山を下ることのおそいのを見て、アロンのもとに集まって彼に言った、「さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導きのぼった人、あのモーセはどうなったのかわからないからです」。
(出エジプト記32:1)

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私の子供時代、飼い犬に「おあずけ」の訓練をしました。

目の前に食べ物を置き、「おあずけ!」と強い口調で命令します。

犬は食べたくて仕方がないのにじっと耐えなければなりません。

上目遣いでじーっと私の顔を伺ってきます。

わざと厳しい顔をして見せると、犬はじっと耐えますが、口からはよだれがタラタラと垂れています。

そして「よし!」と言われた瞬間に、パクッと嬉しそうに食べるのです。

さらに訓練が進むと、今度は「飼い主が目の前から姿を隠す」という、より高度なテストを行います。

主人の姿が見えなくなった途端にルールを破る「待てない犬」か、それとも、主人との約束を信じて「待てる犬」か、その犬の本質がこれではっきりとします。

出エジプト記の「金の子牛事件」では、イスラエルの民は残念ながら「待てない」方であることが明らかになりました。

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イスラエルの民にとって、指導者モーセは「目に見える安心の拠り所」でした。

しかし、そのモーセが十戒を授かりに山へ登り、40日以上も姿が見えなくなりました。

すると彼らは、モーセの兄アロンに向かって、

「さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導きのぼった人、あのモーセはどうなったのかわからないからです」
(出エジプト記32:1)

と迫りました。

民が求めたのは、真実の神ではなく、

「自分たちの先頭に立って、自分たちの行きたい方向へ引っ張ってくれる都合の良い神」

でした。

神の御心に従うのではなく、「自分の思い通りに運ばせるための道具」として神を見ていたことがここに表れています。

彼らは、おあずけを破る犬のように我慢することができず、自分たちの手で「目に見える偽物の神(金の子牛)」を作ろうとしたのです。

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飼い主の姿が見えなくなっても待ち続けられる犬は、主人との間に強い絆と信頼関係が結ばれています。

「待つ力」は信頼関係から生まれます。

私たち人間も同じではないでしょうか。

物事が自分の思い通りに進まない時や、神様がどこにいるのか分からず不安になる試練の時、私たちはつい自分の都合で手っ取り早く物事を解決し、早くスッキリしたくなるものです。

しかし、それは、

「神様は必ず最高のタイミングで応えてくださる」

と信じて、じっと待つ力がない証拠です。

目に見えない状況の中で、約束を信じて待つ。

私たちが神との間にこの揺るぎない信頼関係を築けるようになるまで、神は愛をもって、忍耐強く私たちに訓練を与え続けてくださいます。

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神の御言葉の約束に思いを馳せ、信頼して待つ訓練をしてまいりましょう。

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