今日のみ言葉【No.3830】(2026年 1月28日)「アマレクとの戦い(1)」
ときにアマレクがきて、イスラエルとレピデムで戦った。
(出エジプト記17:8)
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1つの試練が終わって、ホッとする間もなく、次の試練が襲ってきたと感じる時があります。
無理をしてまで、それに取り組む必要はありません。
避けられるなら避け、逃げる方法を考えて下さい。
しかし、
「その試練はどのようにしても避けられない」
という現実の中にいるならば、その時の心構えは、
「これは私が成長するため、愛の神が訓練を施されているのだ」
と受け止め、現実の中へ踏み出すことをお勧めします。
当然ストレスを味わいますが、自分の意志で選択したという意識がある分、コントロールできたという感覚があり、結果として最もストレスの少ない向き合い方となるはずです。
イスラエルの民も、アマレクの襲撃という逃げられない現実のただ中にたたき込まれました。
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レピデムという地名には、語源的に「休息所」や「支え」という意味があります。
ところが、この地では、
・水がない
・民が不平を言う
・主を試みる
という出来事が続き、「休息」とは程遠い、緊張と危機の連続となりました。
それらの問題が解決された直後に、今度はアマレクとの戦いが起こります。
「ときにアマレクがきて、イスラエルとレピデムで戦った」
(出エジプト記17:8)
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アマレク人とは、ヤコブの兄エサウの孫アマレクの子孫のことです。
聖書でアマレクは神を恐れない民族として描かれています。
申命記にこう記されています。
「すなわち彼らは道であなたに出会い、あなたがうみ疲れている時、うしろについてきていたすべての弱っている者を攻め撃った。このように彼らは神を恐れなかった」
(申命記25:18)
彼らはイスラエルの背後に回り、旅で疲れ果てて遅れていた弱者(老人や子供)を容赦なく襲ったのです。
このように、悪意をもって人を害する者との争いに巻き込まれたとき、どうすればよいのでしょう?
モーセの決断はどうだったのでしょう?
そして、彼が下した判断は正しかったのでしょうか?
以下、次回に続きます。
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現実の問題を、神の訓練として受けとめ、あなたが成せる最善の答えを出してまいりましょう。
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