今日のみ言葉【No.3813】(2026年 1月 7日)「安息日と記念の壺(1)」
六日目には、彼らは二倍のパン、すなわちひとりに二オメルを集めた。
(出エジプト記16:22)
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かつて、「トリクルダウン(Trickle-down)」という経済理論がもてはやされました。
結婚式の披露宴のシャンパンタワーでは、タワーの頂点にあるグラスに、なみなみとシャンパンを注ぐと、やがて一番下のグラスにも届きます。
そのように、
「富める者がさらに富めば、そのおこぼれが自然に低所得層にも回っていき、社会全体が豊かになる」
と人々は考えました。
しかし、2026年の現代、それが期待どおりには起きなかったという指摘は、多くの経済学者や国民が実感している現実です。
人は、持っているもので満足するのではなく、さらに集めたいという性質を持った存在です。
このことは、資本主義か共産主義かを問わず、罪人である全人類に共通しています。
出エジプト記のマナの記事においても、そのことは如実に表れています。
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天から降るマナは、荒野という食物の乏しい地でイスラエルの民が命をつなぐために与えられました。
しかし、それだけではありません。
実は、毎日必要な分だけ与えられるマナには、「神への信頼を養う」という目的がありました。
モーセは民にこう命じています。
「だれも朝までそれを残しておいてはならない」
(出エジプト記16:19)
なぜ神は翌日まで残すことを禁じたのでしょうか?
それは、人間が
「明日も神様がマナを与えてくださる」
ということを信じず、自分の手元に蓄えて安心しようとする性質を知っていたからです。
案の定、そのようになり、貴重な食料が無駄になりました。
「しかし彼らはモーセに聞き従わないで、ある者は朝までそれを残しておいたが、虫がついて臭くなった。モーセは彼らにむかって怒った」
(出エジプト記16:20)
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毎日、新鮮なマナを拾うことは、
「今日一日の必要は、今日与えられる」
という神への信頼を養うプロセスでした。
しかし、唯一の例外がありました。
それは安息日に関してです。
旧約の時代は、安息日は土曜日です。
その前日、すなわち週の六日目(金曜日)には、
「六日目には、彼らは二倍のパン、すなわちひとりに二オメルを集めた」
(出エジプト記16:22)
ということになりました。
つまり、その日だけ2日分のマナが降ったのです。
そして、これは翌朝になっても腐りませんでした。
それは何のためだったでしょう?
7日目の安息日に、働くことをせず、神を見上げる礼拝をし、安息日を守るための神からの配慮だったのです。
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神の命令に従って計画的に備えることと、自分の欲で溜め込むことは全く別物です。
今日も神への信頼を増す一日として、主から与えられる訓練に励みましょう。
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