今日のみ言葉【No.3241】(2023年12月 7日)「エサウとの再会(6)」
ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。
(創世記32:25)
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ここ数年、ソロキャンプというものがはやっているのだそうです。
一人でキャンプをするのでソロキャンプです。
管理者がいるキャンプ場なら安全ですが、本当に大自然の中、全く一人で野営(キャンプ)すると、夜中に動物が近寄る音がしたりして、初心者は恐い思いをするそうです。
ヤコブはそのソロキャンプで夜中に見知らぬ人の訪問を受けました。
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ヤボクの渡しの向こう側に一人戻ったヤコブに、とんでもないことが起きました。
誰かわからない人に襲われたのです。
「ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした」
(創世記32:24)
「組打ちした」という箇所は、他の聖書訳では「格闘した」と訳されており、英語の聖書では「wrestle」ですからレスリングをしたということになり、大体イメージがつかめます。
聖書学者たちは、この「ひとりの人」とは、受肉前のキリストであるとしています。
神学的には「第2位格の神」、「受肉前の子なる神」なのですから、人間であるヤコブに負けるはずはありません。
しかし、この「ひとりの人」とヤコブの戦いは夜明けまで続きます。
なぜ一瞬で勝負をつけなかったのでしょうか?
しかも、最後にはヤコブが勝ち、「ひとりの人」は負けています。
どういうことなのでしょう?
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これは神ご自身が手加減して、ヤコブと長く格闘する時間をお作りになったと考えるのが妥当でしょう。
勝ち負けを決めるのが目的ではありません。
ヤコブからしたら誰ともわからぬ人物と必死になって戦っています。
それは自分の命を守るためです。
この
「自分の力で自分の命を守る」
という頭で考えている部分を砕き、我力で生きようとすることができなくなるように神はして下さったのです。
それが次節の
「ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた」
(創世記32:25)
という技になって現れました。
もものつがいとは股関節のことです。
レスリングの最中に股関節が外れたら、後は戦えません。
ヤコブは自分の足でエサウから逃げることができない状態になりました。
今までは、緊急事態になっても何とか自力で逃げられると考えていたヤコブでしたが、彼の体はもはや自由に動かすことができません。
つまり、神が設定した現実と向かい合わねばならない状況になったのです。
現実と直面し、その現実を受け入れる。
エサウと会う直前に、ヤコブはこの状態になるよう導かれたのです。
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なぜだかわからない状況で理不尽な戦いをし、結局はそれで痛手を負うことが神の御心である時があります。
自分の力が奪われることで、神の力が発揮されるようになるのです。
あなたが今そのような状況に置かれているとしたら、素直に神の方針に従いましょう。
そこに、自分の考えとは全く違う神の祝福が置かれているからです。
今日、その道を歩むことができますように…。
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