今日のみ言葉【No.1796】(2018年 7月 7日)「 神の祝福を受けるための訓練『続ける』(5)」

立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。
(マタイ2:13)

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なぜ続けられないのか?

理由は簡単です。

未熟で力不足なのです。

それはあっさり認めましょう。

その時の神様の方針は「逃げよ」です。

その場から離れて、安全な所へ逃げるのです。

そしてそこで力を貯え、成長した後に元の現場へ戻ることです。

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聖書を見ると、逃げた例がたくさんあります。

旧約聖書では、アブラハムは幸運にもソドムとゴモラの影響を受けない山地で生活することができました。

ヤコブの一族はエジプトの総理大臣となったヨセフの庇護のもと、ゴセンという離れた土地で過ごしたので、エジプトの宗教や文化からの影響を免れました。

モーセはエジプトの役人を死なせてしまった後、荒野に逃れ、羊飼いとして40年の生活を送ります。

新約聖書でも、幼な子イエス様はエジプトに逃げるように言われています。

「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい」
(マタイ2:13)

パウロはダマスコ途上の回心の後、アラビアの荒野で3年間過ごします。

福音書記者のマルコは、パウロとの伝道旅行の途中で家に逃げ帰り、バルナバの保護を受けます。

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続けるためには逃げることが肝心です。

とにかく逃げて逃げて逃げまくっていると、誰かカバーしてくれる人が現れ、それによって続けられるという現実が現れます。

私の母はヘルパーさんの介護を受けて生活していますが、こう言っています。

「私はあの人たちの仕事を作ってあげている。それで給料がもらえているのだから、日本経済に貢献している」

80代の認知症の人が言う言葉ですから本気にはとれませんが、これだけ堂々としているから長生きができるのかも知れません。

自分の無力さを認めていると、その部分を得意とする人が現れ、結果的に両者の生活が続けられるということになるのでしょう。

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そしてもうひとつ。

逃げに逃げていく先に、あなたが本当に得意としているものが現れます。

人は不得意な方面には絶対に逃げていかないものです。

あなたがホッと息抜きに向かうところは、実はあなたが得意としている分野であり、それこそが本当に続けられる種類のものなのです。

先日、お金のために働いているが、その合間にお金にならないボランティアに時間を費やしている自分がいる。なぜなのだろうかという質問を受けました。

お話を聞いている内に、その人はコミュニケーション能力があり、人間関係が得意なのだとわかりました。

だから仕事の合間の隙間時間を見つけて、何の収入にもならない活動をしているのだなあ、と合点がいった様子です。

その方は、人生の後半は経済の貯えでなく、人間関係の貯えをしようとそれ以来決心なさいました。

人生の舵を、お金から愛へと大きく切ったのです。

この人生航路は間違いなく命の限り続くことでしょう。

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そして最後。

逃げに逃げていく先に、神の御心が現れます。

たとえば、私は人付き合いが苦手なので、なるべく人を避けます。

誰とも会わない日は本当に体の調子が良いことを感じます。

そんな人が牧師として伝道牧会・カウンセリングをすること自体、大きな矛盾なのですが、これは神の召命なのですからいたしかたありません。

もし私が単に「好きだ」という理由で牧師をしているとしたら、好きでなくなったら牧師をしている理由がなくなります。

好きだ嫌いだという理由を越えて、ただ神がそうおっしゃるからという理由でこの仕事をさせていただいているので、失敗しても成功しても、好かれても嫌われても、雨が降ってもやんでも、神のご命令のある限り続けるわけです。

牧師をしている人は例外なく逃げた体験があります。

人間としての限界に突き当たるのです。

そして逃げに逃げて、どうしても逃げられない先に神様がいらっしゃることを体験し、そこで人生を明け渡した人が牧師です。

私の例なら、神の導きに従って、会うべき人と接することです。

ゆだねた先の人生に、想像を遥かに越えた神の御心が現れます。

逃げた先にいらっしゃる神に降参した人は、誰でもその恩恵に預かることができるのです。

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続けるためには逃げることです。

その先には、神があなたを支えて続けさせて下さる世界が待っています。

今日もその神様と共に歩んで参りましょう。

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