今日のみ言葉【No.1588】(2017年 8月10日)「 祝福の基となる」

あなたは祝福の基となるであろう。
(創世記12:2)

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もしあなたが今朝、神様と道ですれ違ったとするなら、きっと

「あら、おはよう!」

とニコニコした顔で挨拶してくれ、

「今日もいい日だね!」

と言って駆け抜けていくでしょう。

神様は幸せな方なのです。

祝福を無条件に一方的に与える方は、無尽蔵の祝福に満ちた方だからです。

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アブラハムに対して

「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう」
(創世記12:2)

と祝福の約束をされた方は、続いて

「あなたは祝福の基(もとい)となるであろう」
(創世記12:2)

と語られました。

他の聖書の訳では

「あなたの名は祝福となる」(新改訳)
「祝福の源となるように」(新共同訳)
「you will be a blessing」(NIV)

です。

「祝福の基となる」とはどういうことなのでしょうか?

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神から与えられたすべての良きものは、自分が独り占めにするためにあるのではなく、周囲の人々へ分配するために与えられているのです。

神が一方的に与える無尽蔵の祝福を自分も味わい、そして他者と分かち合い、共に喜ぶ存在。

それがアブラハムに期待されていたことでした。

「祝福の基となる」とは、天から下ってくる神の祝福の中継所となり、ここから全世界に行き渡っていくようにする祝福の発信地として生きることなのです。

「地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」
(創世記12:3)

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さて、ここで大事なことは、

「あなたは祝福の基となるであろう」
(創世記12:2)

という神の言葉は、強制や義務ではないということです。

つまり、

「これだけいただいているのだから、祝福の発信源とならねばならぬ」

という「ねばならぬ」人生を生きるのではないということです。

神はこの点においてあなたを「思い通りに動かそう」とは思っておられません。

あなたは「祝福というニンジンを目の前にぶら下げられて、釣られて走っている馬」ではないのです。

もしそうであるなら、あなたは神の意向を敏感にキャッチし、知らず知らずの内に負担を感じだすかもしれません。

「やだなー、でもなー」

と口から出る人はまだましです。

危ないのは、そのような思いを内に秘め、やりたくないという思いを抑えこんで感じないようにする人です。

相手の要求を拒否できずに無理矢理受け入れてしまうと、だんだん心に喜びが無くなってきます。

自分の本心を抑えつけて出ないようにし、やりたくないことをしているのですから苦しくなるのは当然です。

人間の世界ではこういう時に、思い通りに動かそうとしている側の人から、「あなたのためよ」とか「あなたのことを思って言ってるのよ」という美しい毒入りニンジンが出されることがあります。

その人も不安になり、不安を解消する方法として、もっと相手を自分の思い通りにするという方法を取るからです。

心療内科医の海原純子医師はそのからくりをこう述べています。

「相手を思い通りにしたいという欲求は、相手を不安に落とし入れるだけでなく、自分自身をも不幸な気分に陥らせてしまうことになります。他の人を思い通りにするのは無理ですし、そんなことを望んではいけないのです」
(『海原純子の心がホッとするメッセージ42』,海原純子著,三笠書房,P23)

神は不幸な気分を味わう御方ではありません。

あなたをただ祝福したいと願っている御方なのです。

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神は幸せな方ですから、あなたを思い通りに動かそうとは思っておられません。

あなたをあふれるほどに祝福し、あなたを通して他者に祝福が流れていくことをお望みになっています。

今日も全身に神の祝福を浴び、祝福の基として生きる一日として参りましょう。

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