今日のみ言葉【No.1525】(2017年 5月10日) 080 「ピリポ(「わたしたちに父を示して下さい」)」(3)
わたしが父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。もしそれが信じられないならば、わざそのものによって信じなさい。
(ヨハネ14:11)
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ミラクル・ミニストリーという癒しの集会があります。
そこで祈って癒され、痛みや症状が無くなる人たちが出ます。
全員が「神様はいらっしゃる」と感激して信じるかというとそうではありません。
「不思議なこともあるもんだなー」と言って、神の存在を信じないで帰る人もいらっしゃいます。
逆に、祈っても癒されない人は全員「神などいない」と言って信じないかというとそうでもありません。
痛みや症状が来る前と変わらずあっても、「神様はいらっしゃる」と信仰を新たにしてお帰りになる人がいらっしゃいます。
人の頭脳にもし「信じる回路」があるとしたら、皆その回路の通じ方が違うのです。
Aさんは奇跡を通して信じますが、Bさんはどんな奇跡を目の前にしても信じられません。
人は各々、信じ方や論理の通り方が違うようです。
イエス様はピリポに合わせた対応をなさいました。
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イエス様は、ピリポを初めとする弟子たちにあることを悟らせようとしていました。
それはイエス・キリストという人格の中に神を見ることでした。
「キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており」
(コロサイ2:9)
イエス様は弟子たちにそのことをずっと示してこられましたが、ピリポも他の弟子たちも悟っていません。
イエス・キリストが受肉した神の子であり、神の本質を現されたお方であることがピリポにはわからないのです。
その理由は何かと考える時に、これは私の想像ですが、彼ら自身の神様のイメージが邪魔をしたからなのではないでしょうか?
当時の一般のイスラエル人が抱いていた救い主・メシヤのイメージは、戦いに勝利する力強い存在で、ローマ帝国の支配からイスラエルを解放し、かつてのダビデ王時代の繁栄へと国を復興してくれる御方というものでした。
自分が持つイメージと一致するものをイエス様の中に見ると歓迎し、そうでないものは見えなくなるのが人間です。
たとえば、「祈りに必ず応える神」というイメージを持っていると、祈りが叶えられた時は神がいて、叶えられない時は神がいないということになります。
ですから、
「祈った通りになってもならなくても神はおられ、私たちの祈りを聞いていて下さり、神が良しとされた時に最善の形で叶えていただけるのだ」
とは思えません。
そうすると、「神はどこにおられる…」という気持ちを味わう時間の方が強く印象づけられます。
ピリポが
「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します」
(ヨハネ14:8)
と言った理由がわかるような気がします。
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ピリポは自分のわかるやり方でしか、理解することも信じることもできなかったのです。
そのようなピリポを少しも責めることなく、イエス様は彼のペースに合わせて下さいました。
「わたしが父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。もしそれが信じられないならば、わざそのものによって信じなさい。」
(ヨハネ14:11)
とはそのことを表す文字通りの「神対応」です。
これはどういうことかというと、
「もし私のことが信じられないならそれでもいい。しかし、客観的に観測できる『わざ』というものがある。私の人格を信頼してもらえないのは残念だが、あなたの今いる位置から目に見える事実を証拠として、それを土台として信じなさい」
ということなのです。
これは相当な譲歩です。
イエス・キリストが身を低くして弟子たちに仕えるとはこういうことであり、真の謙遜の模範がここにあります。
「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」
(ピリピ4:6-8)
自分を無にし、存在を無くすほどまでに低くする謙遜によって、キリストは人を生かそうとなさるのです。
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イエス様は私たちのあるがままを受け入れ、私たちが信じられるような道を必ず切り開いて下さいます。
イエス・キリストは、あなたにペースを合わせ、共に歩いて下さるお方であることを心に刻みつける一日として参りましょう。
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